» 2013 » 5月のブログ記事

ミエザホールでの初の無伴奏ヴァイオリンのコンサートを無事に終えました。再確認できたことは、やはりお客さんが入った時のホールの響きがとても良いということ。
小さいけれど、コンサートホールであるというところにこだわって、人が入ることでの音の吸収やら反射を見越しての設計、素材選びはやはり、間違っていなかったということが、昨日初めて聴きにいらしたお客さまたちのコメントから、そして前回もいらしてくださったお客さまたちのコメントからもあらためて確かめられたことは、大きな収穫でした。
というのは、無人のホールに見学に来られた方々の一部は、ホールが響き過ぎると感じていられるようなのです。「お客さんが入るとちょうど良くなりますよ。」とその都度、自信を持ってお答えしている管理人といえども、なんとなくもう一度確かめたい気持にはなっていたのです。
でも、もう確かめる必要はありません。間違いなく、素晴らしい音響のホールです。これからは「響きすぎる」と言われても、悲しい気持ちになることはないでしょう。
昨日、あいにく私はコアラ君からもらった風邪で、8度近い熱がありましたが、演奏には影響ありませんでした。J.S.バッハの無伴奏ソナタへの独自解釈も少しだけ皆さんにお話しし(お話はやっぱり緊張しますが)、初めての、ソナタ3曲を並べての演奏会でしたが、次へつなげられる有意義な演奏が出来ました。演奏家の方たちから、「生まれ出るような音を聴かせてもらいました」「独自の解釈で、しかし押さえるところはしっかり押さえ、ソナタ三つの個性の違いを見事に弾き分けていらっしゃった。本当に素晴らしかった。聴いててワクワクしました。」と、ありがたいコメントいただいたこと、いつもいらして下さるお客さんから「私、救われた。今日は本当にありがとうね。」と言ってもらえたこと、初対面の演奏家の方たちから共演を希望していただいたこと、初めていらした音楽プロデューサーからホールを絶賛していただいたこと。新たな出会いも生まれ、いろいろと本当に嬉しかったです。
しかしさすがに、昨日の渾身の演奏で体力を使い果たし、今朝の生徒さんたちのレッスンを終えてからはもう、背中を丸めてグロッキーな状態であります。コアラ君は先々週にはお腹の風邪、先週から鼻水の風邪に移行しており、さすがに二週間風邪をひいた我が子と密着して過ごせば、どうしても、、、うつってしまいますよね(泣)。親子で強くなっていくしかありません。

意外なことに、昨日のコンサートで分かったことがもう一つあります。自分の演奏会が、他の何よりもホールの宣伝になっているということ。私の演奏会にはいつも演奏家の方や音楽関係者が誰かしら必ずみえています。昨日も初めていらした演奏家が二人いらして、どちらの方もミエザホールをぜひ使ってみたいたいとおっしゃっていました。やはり、実際に演奏会での響きを聴いていただくと、ホールの良さを実感していただけるようです。
また、オープニングコンサートにご来場下さったけれど、昨日はいらっしゃれなかった他の演奏家の方々からは、今回はお邪魔できないけれど、いつかミエザホールで自分も演奏会をしたいので、その時はよろしくお願いします、という返信を何通かいただきました。自分の演奏会をご案内したこういう機会に、あらためてホールへの反響をいただけるのも貴重なことだと感じました。

さぁ、とにかく今は何よりも風邪を早く治すこと。そして次のコンサートの準備を良い状態ではじめること。
おっと!自分のコンサートの前に、ホールの管理人として、いくつかお客さまのご利用をサポートしなくてはなりません。何よりも楽しみなことです!

我が家のコアラ君は、とにかく電車が大好きなのですが、二週間ほど前に人生初のモノレール乗車体験から、モノレールが大好きになりました。高い所をたった一本のコンクリートの道を電車がガッチリと挟んで進んでいく様を、「おっとっとの。かたい(高い)の。(落ちたら)いたいいたいの。」と身振り手振り、口をとがらせ大興奮で説明してくれます。
そんな彼と、モノレールを解説している子供向けの写真本を見ながら、母ちゃんはふとある疑問に取りつかれました。モノレールは一本のコンクリの道の上を車輪で走り、そのコンクリをガイドとなる車輪で横からもガッチリと挟んでいます。普通の電車と違って折り返し運転の際、いったいどうやって路線を変更するのだろう?
モノレールの駅の終点まで行けばその謎は解決するのでしょうか?モノレールの終点ってレールが「U字」に曲げられていて、そこでぐるっと回って方向転換???
知っている方いらっしゃいましたら、教えてください。

ちなみに母ちゃん、1年以上ぶりくらいに風邪をひいた模様です。

お待たせいたしました!

間もなく我らがミエザホールのホームページがインターネット上に公開されます。「間もなく」、、、ということなので、「ミエザホール」で検索してすぐに出て来なくてもご心配なさらず、しばらくしてお試し頂けるとありがたいです。今すぐご覧になりたい方は、http://www.mieza.jpからのぞいてみてください。

ハッシーが何を作っているのか気になっていたけど、直接見に来られなかったお友達。前を通りかかって気になっていたけど、この建物の正体が確かめられないでいた皆さま。小さなホールをお探しの皆さまの目に止まって、ミエザホールが「寝返り」から「ハイハイ」へと移行することを願っております。

「ホームページがまだだね。」

と多くの方からご心配(?)をいただきました。ご心配下さった皆さまもぜひ、ネット上でのミエザホールの姿をご確認くださいね!そしてもし、音楽や演芸を愛好するお友達に、何かの機会にこのホームページの存在を教えていただければ幸いです。

お忙しい中、ホームページをデザインして下さった倉田早由美さん、Web構築して下さった木谷勝己さん、写真を提供して下さったカネィギ・ダンさん、本当にありがとうございました!

一昨年からの一年間、写真家の親友と私の間でずいぶん熱心に、美についての話し合いが持たれました。音楽もアートも、美しくなければならないという前提のもと、美しさとは、そして美意識とは何かということについてです。
例のごとく結論の出ない議論ではありましたが、今日ふと思ったことがあります。以前こちらのブログにも書いた、人間の「役割」と自分自身であることの違いについてですが、実は「美」とは芸術にとってのある種の「役割」であって「本体」ではないのではないか、と。
「美」にとらわれすぎた存在の居心地の悪さと、押しつけがましさの正体はいったい何だろう。と考えてみたことへの答えでした。美とは実は、どんなに頑張っても「外側のこと」で、非常に大切な要素でありながら、本体たることは出来ないのかもしれません。
芸術からすこしはなれて人の話になりますが、仕事で出会った人にしろ、友達として出会った人にしろ、その人の行動に心から感動する瞬間というのは、その人が役割を超え、生の人間として、自らの信念にしたがって善意の行動を起こしているのを見た時かもしれない、とも思いました。
美についての議論を終え、次回からは親友と、なんと呼べばよいか分からない「本体」の正体についての議論に移行してみようと思います。

日々子育ての中で、こども一人と対峙するのに必要なエネルギーが足りていないと感じることが多くなってきました。2歳のこどものエネルギーたるや、私のこれまでの人づきあいでは想像を絶するものです。
伝えたい気持ち、伝えたいことがらの一つ一つがとても大きくて、それが思うように受け止められていないと見てとるや、別の形でエネルギーを暴走させます。力の限り無茶な要求をしたかと思えば叶えられたとたんにそれをひるがえしてみたり、大声をあげて駄々をこねてみたり、危ない場所で走り回ろうとしたり。要するに気をひくためなら「手段を選ばない」のです。
私はというと「勘弁してよ」と何度もため息をつき、気がつけば小言(時には大言)ばかり言っていたりいたり。お世辞にもカッコいい母ちゃんとは言えません。でもそこは可愛い我が子。叱っている最中でも、ふざける我が子が面白くて思わず吹き出してしまったり、笑う力がないと思うほど疲労困憊していても、あら不思議。叱った直後の仲直りでは満面の笑みがこぼれだしたり。消耗させられているのやら癒されているのやら、、、きっと両方です。
こどもの目の輝きを見ていると、彼の瞳から見る世界はなんてキラキラ輝いているんだろう、と自分まで嬉しくなります。その輝きをずっと守り続けてあげたいと思う一方で、自分にとって扱いやすい子であって欲しいとどこかで望むせいか、1か月前までの調和に持ち込もうとする私がいます。ところが子供はめまぐるしく成長して変わって行きます。1か月前までの「こうすればお互い平和にうまくいく。」なんて、古い古い(笑)!
要は、過古でも未来でもない、今の彼を受け止める力。
それが必要なのですが。
なかなか、、、大人の頭というのは柔軟性に欠けるようで。
頑張れば頑張るほど頭が固くなったりして、ただ受け止めるというシンプルなことの難しさよ!
、、、さて。
この問題は手さぐりで今後も続くわけですが、今日、私が精神の逃げ場として選んでみたのはシギスヴァルト・クイケンとグスタフ・レオンハルトが演奏するJ.S.バッハのヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ集。そのなめらかでふくよかな音色が耳から入ってくるだけで、なぜこんなにも張り詰めた心と体から力が抜けてゆくのか。

まもなく、コアラ君が昼寝から目覚めます。ご機嫌か不機嫌かはともかく、いずれにしても膨大なエネルギーとともに。気力は満ちたか?母ちゃんよ。

 

 

 

 

 

5月25日に、バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタの1、2、3番を演奏するコンサートを開きます。tirasi_iro
物ごころつく前から私の心をとらえてきた作品です。母は私がお腹にいる頃、ヨーゼフ・シゲティの演奏するバッハの無伴奏ヴァイオリンのソナタとパルティータのレコードをずっと聴いていたのだとか。
思春期の頃から、道に迷えばバッハ。くじけそうになったらバッハ。と、私を支え続けてくれたバッハ。13年前、私は現在の一番弟子さんに「15年後にバッハの無伴奏ソナタとパルティータを全曲生演奏したい」と言ったのだとか。無責任にも、私はその話を先日その生徒さんから言われて「、、、そんなことを言ったのかしら。」と思いました(笑)。が、忘れていない事もあります。
当時から、いえ、思春期のころからずっと、60歳で「自分なりの」ではありますが、バッハの「これぞ」と思える録音を残したい。ということを思い続けているのです。自分にとっての音楽の記念碑は、それ一つで良い。と思い続けています。
パガニーニの24のキャプリスを全曲演奏したり、協奏曲を次々と演奏したりして来ましたが、実はそれらは全て私の中では将来のバッハへとつながっています。技術的な困難というものを凌駕したところでバッハと対峙するべきなのだ。という思いはもう、無意識のレベルで私の中に根付いているものです。バッハの無伴奏曲にこだわり続けて20年以上が経っても、バッハには毎日の練習で、毎回新鮮な気付きがあります。彼の強靭でビビッドな精神力からもらっている栄養やエネルギーが、自分にとって何よりの生きる活力だったのかもしれません。
と、かたいことを言ってきましたが、要するに私は、熱烈なバッハフリークなのです(笑)!

25日のコンサートのチラシを添付いたします。場所は我らがミエザホール!6月には水月さんとチェンバロとのソナタを全曲、7月には無伴奏パルティータの1、2、3番を演奏します。バッハフリークの熱い想いが炸裂する3カ月となります。どうかお付き合いください。