» 2013 » 5月 » 6のブログ記事

日々子育ての中で、こども一人と対峙するのに必要なエネルギーが足りていないと感じることが多くなってきました。2歳のこどものエネルギーたるや、私のこれまでの人づきあいでは想像を絶するものです。
伝えたい気持ち、伝えたいことがらの一つ一つがとても大きくて、それが思うように受け止められていないと見てとるや、別の形でエネルギーを暴走させます。力の限り無茶な要求をしたかと思えば叶えられたとたんにそれをひるがえしてみたり、大声をあげて駄々をこねてみたり、危ない場所で走り回ろうとしたり。要するに気をひくためなら「手段を選ばない」のです。
私はというと「勘弁してよ」と何度もため息をつき、気がつけば小言(時には大言)ばかり言っていたりいたり。お世辞にもカッコいい母ちゃんとは言えません。でもそこは可愛い我が子。叱っている最中でも、ふざける我が子が面白くて思わず吹き出してしまったり、笑う力がないと思うほど疲労困憊していても、あら不思議。叱った直後の仲直りでは満面の笑みがこぼれだしたり。消耗させられているのやら癒されているのやら、、、きっと両方です。
こどもの目の輝きを見ていると、彼の瞳から見る世界はなんてキラキラ輝いているんだろう、と自分まで嬉しくなります。その輝きをずっと守り続けてあげたいと思う一方で、自分にとって扱いやすい子であって欲しいとどこかで望むせいか、1か月前までの調和に持ち込もうとする私がいます。ところが子供はめまぐるしく成長して変わって行きます。1か月前までの「こうすればお互い平和にうまくいく。」なんて、古い古い(笑)!
要は、過古でも未来でもない、今の彼を受け止める力。
それが必要なのですが。
なかなか、、、大人の頭というのは柔軟性に欠けるようで。
頑張れば頑張るほど頭が固くなったりして、ただ受け止めるというシンプルなことの難しさよ!
、、、さて。
この問題は手さぐりで今後も続くわけですが、今日、私が精神の逃げ場として選んでみたのはシギスヴァルト・クイケンとグスタフ・レオンハルトが演奏するJ.S.バッハのヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ集。そのなめらかでふくよかな音色が耳から入ってくるだけで、なぜこんなにも張り詰めた心と体から力が抜けてゆくのか。

まもなく、コアラ君が昼寝から目覚めます。ご機嫌か不機嫌かはともかく、いずれにしても膨大なエネルギーとともに。気力は満ちたか?母ちゃんよ。