» 2013 » 5月 » 10のブログ記事

一昨年からの一年間、写真家の親友と私の間でずいぶん熱心に、美についての話し合いが持たれました。音楽もアートも、美しくなければならないという前提のもと、美しさとは、そして美意識とは何かということについてです。
例のごとく結論の出ない議論ではありましたが、今日ふと思ったことがあります。以前こちらのブログにも書いた、人間の「役割」と自分自身であることの違いについてですが、実は「美」とは芸術にとってのある種の「役割」であって「本体」ではないのではないか、と。
「美」にとらわれすぎた存在の居心地の悪さと、押しつけがましさの正体はいったい何だろう。と考えてみたことへの答えでした。美とは実は、どんなに頑張っても「外側のこと」で、非常に大切な要素でありながら、本体たることは出来ないのかもしれません。
芸術からすこしはなれて人の話になりますが、仕事で出会った人にしろ、友達として出会った人にしろ、その人の行動に心から感動する瞬間というのは、その人が役割を超え、生の人間として、自らの信念にしたがって善意の行動を起こしているのを見た時かもしれない、とも思いました。
美についての議論を終え、次回からは親友と、なんと呼べばよいか分からない「本体」の正体についての議論に移行してみようと思います。