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昨日、旧名イーハ・デ・アライのデビューコンサートを無事に終えました。
無事、、、とはいうものの、赤ちゃんの楽器を昨日のように鳴らすところまでは本当に大変で、4月にイーハ・デ・アライで練習を始めてから、もともと自分が使っていた楽器とのミリ単位、あるいはそれにも満たない小さなあちこちの寸法の違いから、奏法へのフィードバックが苦難の道のりとなり、肩は壊すは、首は壊すは、歯はかけるはで、えらく大変な日々を過ごしておりました。時間の許す限り、ギリギリまでとにかく楽器を手にして少しでも折り合いを良くしようと、崖っぷちの心境で、暇さえあれば楽器と対峙する日々でした。
そんなに大変ならやめてしまえば良いではないか。と思われるかもしれませんが、音楽家が、そこに何か良くなる可能性を見出せば、身体を壊そうが何しようが、後戻り出来るものでもありません。もはや、ライトに集まる蛾のように、自分で止められるものでもないのです。
さて、このイーハ・デ・アライ、練習していく中で、すっかり「娘」(イーハ・デ・アライは荒井の娘)という雰囲気でもなくなり、早急に改名の必要がありました。昨日はコンサートの前に皆さんに紙をお渡しして、何か名前を思いついたら書いてください。とお願いしていたのですが、皆さん本当に面白い名前を色々と考えて下さいました。ジャンヌダルク、碧い狼、ギャラクシー、リオン、イーハ・デ・バルバラ、ブランカ、青い馬(シャガール!?)、などなど。皆さん、素敵な名前を真剣に考えて下さって、本当にありがとうございました。
中でも私の心に引っかかって離れなかったのが「春の稲妻をイタリア語で」というもの。さっそくネットで稲妻や雷をイタリア語で調べましたが、どうも言葉の響として毎日、自分が口にするには「他人」な響でした。やはり、「ポチ」「花子」ではないけれど、たとえ大きな存在と感じていても、名前には呼んで恥ずかしくならない、音にしてみた時に心が変にざわつかない身近さが欲しいところです。そこで思いついたのが和名の「春雷」。ただ音にして「シュンライ」でも呼びやすいし、ジャパニーズ・ブランドの楽器を胸を張って使っていくぞ。という決意でもあります。どうだ、これが日本のモダン・ヴァイオリンだ。またいつかイタリアや南米で演奏した機会に、楽器のことを聞かれたとき(彼らは必ずといって良いほど楽器のことを聞いてきますので)、「シュンライ。日本の荒井節夫の作品です。」と胸を張って答えたいと思います。
演奏後に荒井さんと久我さん、二人のヴァイオリン職人さんとシュンライについて熱く語りました。私がもともと使っているレッド・ウルフ(1740年 イタリア ジェノバ産)はかなりネックが細く、シュンライのネックを太く感じて自分で削った話や、ファースト・ポジションでの弦と指板の距離を深く感じていることなどを話し、松本にお住いの荒井さんに次回会う11月の弦楽器フェアで弦の深さの方は修正して頂くことでいったん話がまとまりました。お二人はこの短期間でのシュンライの音の変化について、「ここまで成長させるのは、橋口さんにしか出来ない」と強くうなづき、また、今後の音の変化を細々と予知、保証してくれました。その話は、私もすでに手ごたえとして感じている話だったので、今までにないくらい三人は共感し、ワイワイと意気投合して別れました。演奏家と職人がお互いに大好きな楽器の話で盛り上がるって、楽しい(笑)!

そして今朝のことです。
コアラ君を幼稚園に送りに行く準備をバタバタとしていると、荒井さんから電話がありました。「色々考えたんですがね、やっぱり」今日、ミエザホールから30分ほどの娘さんのご自宅から松本に帰る途中に寄って、シュンライを持ち帰って必要な調整をした方がいいと思うんです。とのこと。もちろん二つ返事でお願いしました。幼稚園にコアラ君を送って戻ってくると、荒井さんはもう到着していらっしゃいました。ウルフのネックを測ってもらって、なるべくその仕様にシュンライのネックを近づけてもらうことになりました。荒井さんの名誉のために説明したいのですが、これらは決して不具合ではなく、私の個人的な奏法や指運びに仕様に合わせる、完全にオーダーメイドな微調整だということを明記しておきます。また、荒井さんのご厚意とより良い音探求の熱意によって、今より1ミリくらい低い駒と、去年、素晴らしく良い材質の魂柱が手に入ったので、それを新しく付け替えてくださることにもなりました。この上なくありがたいことです。そしてなんと、これらの全てを「プレゼントの延長でやりますよ。」と言って下さったので、私の方はいつか、荒井さんのホームグラウンドの松本で、お礼のコンサートをさせてください。と微々たるお返しではありますが、お願い致しました。
シュンライは一週間ほどで生まれ変わって手元に戻ってきます。戻って一週間くらいはまた少しお互いに様子を見合うことになりますが、その変化を花開かせることが、今からもう、とても楽しみです。

出会いのその先に、関わった人が必ず新たな希望を見出せる。情熱と情熱の結びつきとは、そういうものなのかもしれません。何かにのめり込むって、素晴らしいことではありませんか?

東京もとうとう梅雨入りしました。雨の中、合羽を着て幼稚園とスイミングの送り迎えに走り回る日々の始まりです。元自転車部としては、こんなことで弱音を吐くわけにはいきませんが、この雨が恵みの雨となり、今年は各地で災害をもたらさないことを願っています。
さて、ずいぶん間近になってしまいましたが、今回は無伴奏で、荒井節夫さんの製作したヴァイオリンのデビュー コンサートのご案内です。
4月の演奏会の翌日から、荒井さんの楽器(イーハデアライ)での練習に取り組んで来ました。荒井さんにはミエザホールのオープンに際し、2012年製のヴァイオリンを一挺贈って頂いていて、いつかそのデビュー・コンサートを開くことをお約束していたのでした。よもやこんなに早くその日が来ようとは、その時は予想もしていませんでしたが、、、
急ピッチでイーハデアライとの関係を深め、自ら調整し、これで行けると確信したのが10日ほど前。更に今回の演目に、私と音楽との間に楽器が介在しなくなったと思えるまでに今までかかり、ご案内が遅くなった次第です。
今回の演目は、バッハのシャコンヌとフーガ。若くして亡くなったバッハの最初の妻で従姉妹のバルバラへの想いを凝縮したシャコンヌ。彼女の死を乗り越え、前向きに生きることを模索しているバッハ自身を表しているようなソナタ3番のフーガ。そしてこの二つの作品を独自の解釈と展開で全く別な、斬新極まる世界への入口としたバルトークのシャコンヌとフーガを含む、バルトーク無伴奏ソナタの全曲。
バルトークの無伴奏ソナタは2月にも演奏しましたが、反響が大きく、もう一度聴きたいという声が多かったことに加え、演奏し終わってもバルトークへの興味は増すばかりで、更に彼への理解を深めたいという思いが消えなかったことが、再演の理由です。
この3年半というもの、24時間共に過ごしていた息子が幼稚園に通い始めたと同時に、イーハデアライとの新しい関係が始まり、数年ぶりに自分の中に蒼く尖った、未熟者の情熱がふつふつと燃えあがっていることが、嬉しくてたまりません。
今を打ち崩すことは、クリエイティビティにつながると信じ、あとは突き進むのみであります。
では、29日にご来場くださる方は、ご連絡ください!

皆さま、ショウナンラグーンと父の応援、ありがとうございました!とても残念でした。父がいつも言っているように、競馬は最後まで分からない。本当にその通りなのでしょう。でも、皆さまの応援は本当に嬉しかったです。

さて、猛暑が続きますが、ミエザホールの屋上では今日、今年初めての収穫がありました。こちらに引っ越して来て、もう畑はやらないと思っていた私ですが、結局蓋を開けてみれば食べれるものをワサワサ植えてしまい、ニンニク、ジャガイモ、イチジク、ブラックベリー、プルーン、(勝手にはえて来た)ミントとクレソン、ブルーベリー、サツマイモ、キュウリ等が育っています。今日の収穫はジャガイモのメークイン。採れたてをふかし、バターを塗って食べました。コアラ君はどちらかというとジャガイモはちょっと苦手。でも自分の手で土から掘り出して、そのベージュのつやつやの肌から土を落とし、丁寧に洗ったジャガイモは格別に美味しかったらしく、「うまい、うまい。もっと食べたい!」と喜んでおりました。ホホホ、、、それこそ母ちゃんの思うツボなのだよ、コアラ君!
明日あたり、モスグリーンのイボイボ・キュウリが初めて収穫できる予定です。やっぱり、自分の手で野菜を育てて収穫するのって本当に楽しいです。美味しいし!