» 2018 » 5月のブログ記事

12日土曜日の葉山芸術祭と20日、ミエザホールでのオール ピアソラ ライブを終えて、静かなH2O2ロスを味わっています。そんな気持ちを慰めるように、窓の外では静かな雨が降っています。
H2O2は下は7歳、上は70代という3世代混合バンドでしたが、個性の全く異なる4人がうまくその中間点で均衡点を見出して行っただけではなく、世代を超えて互いを人間として認め合い、それぞれの良さを引き出し合えたという点で、未来的なバンドであったと感じています。
バンドという形式が、また良かったです。技術やキャリア、楽器による序列が純粋な音楽表現を歪めがちな日本のクラシックアンサンブルを、多少なりとも苦々しく感じている大人3人と、まだそんなしきたりを何も知らない子供とで、対等な立場の中でピアソラの伝えたい事をどう音にするかだけを、ピュアに考えることが出来ました。
音楽とは、究極のコミュニケーションなので、歪んだコミュニケーションが良い音楽を生み出せるはずもない。という考えから、こうして演者同士を尊重し合う関係は、クラシックのアンサンブルでも普段から私が大切にしている姿勢ではありますが、今回、他のメンバー達も遠慮なく、何の疑念も無く、自発的にそう思えたことが、大きな収穫だと思いました。

ライブでは、ピアソラの生き様をお話しながら、作品と重ねて行きました。お話の中から、一つでもお客さまの琴線に触れるものが有り、少しでも深い内面に音楽を届けたいという願いからです。
ジャズ、タンゴ、そしてクラシックから、再びタンゴの新境地を自ら切り開くまでの変遷。
ニューヨークでの思春期までの音楽生活から、母国に戻ったら異邦人であったための、摩擦や葛藤。
イタリア系移民であるという自分自身のアイデンティティや、アルゼンチンの恐怖政治下においての、人間性への問いかけ。
一見移り変わっているように見えて、ピアソラが人々の身近な生活風景や、声をあげない人々の背中から立ち昇る誇りを愛し、技巧や過度な自己表現に傾くこと無く、血肉から離れない絶妙のバランスで、適度な長さの音楽に織り込んで行った姿勢は、一貫していました。
ピアソラの視線の先にあるものを感じた上で、その音楽を聴くことで、リベルタンゴやアディオス ノニノのような馴染みのピアソラ作品も、お客さま方の心に、また違った響き方をしたようでした。

音楽は、お客さまとのコミュニケーションの場であるライブで、お客さまと呼吸や鼓動のシンクロをすることで、はじめて一つの完成体になります。お客さま方のおかげで、H2O2全員にとって、ピアソラライブは素晴らしい体験となりました。

本当にありがとうございました。