日本で演奏活動をはじめて10年以上が経ちました。ホールが出来上がった時、そしてついこの間まで、演奏家としての自分と、ホールの運営者としての自分がクロスオーバーする地点について考えてみたことはありませんでした。様々な楽器の演奏者の方々、音楽関係者の方々、舞台関係者の方々がホールにみえて、音響を、施設を、そして演奏者への配慮を絶賛して下さることをありがたく思い、「やっぱり自分の勘やこだわりは間違っていなかった。ここはきっと必ず演奏者たちに愛される場所になる。」ということまでは確信するに至っていましたが、もう一歩、演奏者としての自分がこの10年の苦節経験(今さら苦節と表現しますが(笑)!)を活かして、音楽家としてここで出来ることがあるという点を考えるには至らなかったのです。
ここに居て、今まで見えなかったことが沢山見えてきました。東京には、なんと高い確率で、マスコミ的に無名でありながら優れた音楽家たちが大勢いることか。彼らはおそらく物理的に、精神的に、音楽家として生きることへの多くの難問を抱えながら、それでもそこにとらわれることなく前向きに自分の音楽と向き合い、命ほとばしるような音を紡ぎだしています。そんな素晴らしい人たちがこんなにも居ることを、このホールを作らなければ、私が知ることは永遠に無かったかもしれません。
もっとずっと若い人たちはコンクールに、オーディションに、ひたむきに向かう日々を過ごすかもしれません。それは現代では仕方のないことなのかもしれませんが、音楽は競争ではありません。ましてや演奏者の飾りや勲章、練習で獲得したものや日々の努力を披露するためのものでもありません。ただシンプルに、人間の生を肯定的に、そして丁寧に磨いて表した「音」を、聴く人の心にまっすぐ届けようとする人たちの営みなのです。演奏者と演奏者がその感覚を分かち合える至福の瞬間が、互いに音を重ね合わせる共演の時です。自分たちの他にその音楽を聴いている人が居ても居なくても、そのコミュニケーションは何よりも充実して心慰められ、英気を養われるものなのです。その音楽家同志の通じ合った末の「願いや祈り」にも似たものを、演奏会で今度はお客さんに届けようと気を交換し合う。そしてそれが誰かに届いたと信じられれば、それが演奏家にとってのコンサートの醍醐味かもしれません。
そのお手伝いを私は、ホールの管理人としてだけではなく演奏者としても微力ながら、ここから色々な音楽家の方たちに対して出来るのかもしれない。そう気付いたことが、「今までとは違う進み方」というわけです。

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チョーさんのブログで橋口さんが書かれてたので、懐かしくてハッシーの日記を訪問しました。
小生はチャンピオンやバルトで飲んだくれてたあだ名シショウ(枝笑)です。
バルトで橋口さんのシャコンヌ聴きました。力づよい演奏、覚えてます。

橋口さんが、いろんな景色をイメージして演奏するって話されたのが印象に残ってます。
シャコンヌは木立の中を散策するような、とか﹙違ってたらごめんなさい﹚。
音楽会、稽古ごとの発表会が多いですね。この記事、大々同感です。

師匠!懐かしです。チョーさんのブログがこんなプレゼントをもたらしてくれるなんて。やっぱりチョーさん凄い(笑)!

阿佐ヶ谷からこちらに越して、もう12年になりますが、こうして思い出していただいて嬉しいです。ありがとうございます。

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