寒暖の差が激しい今日このごろですが、皆さまお元気でお過ごしでしょうか?
春ともなれば花々が開き、心ウキウキとなりそうなものですが、花粉症をお持ちの方々や、そうでなくとも、この寒暖の差の激しさはなかなか辛い季節ですね。
季節のご挨拶をしておきながら、私は季節と関係なく、ここ一ヶ月ほど、虫歯の治療に通っていることをご報告します。永久歯になってから虫歯が無いことが私の自慢の一つだったのですが、ここへ来て多数の虫歯が発見され、お口の中が工事現場な日々を送っています。そんな私を見て、息子の歯磨きが非常に丁寧になったことは、一つ、収穫であります。
さて、早いものでミエザホールのオープンも3年目を迎え、今回はオープニング記念コンサートの第3段をご案内したいのですが…その前に!

3/11(水)の12:30より30分間、府中駅近くのフォーリス前、けやき広場での東日本大震災の復興支援ライブ・イベントで、演奏させて頂きます。
私の演目は、ご好評頂いたピアソラを4曲、クライスラーのプレリュードとアレグロと、J.S.バッハのG線上のアリアです。
平日のお昼ですが、お時間のある方はぜひ、ハッシーの路上演奏や他のアーティストの方々の演奏、そして被災地からの出店もありますので、お楽しみ頂ければ幸いです!

オープニング記念コンサートに話を戻します。
今回はクライスラーの中世をイメージした古風で心温まる小品をいくつかと、グラズノフのヴァイオリン協奏曲、そしてシベリウスのヴァイオリン協奏曲を演奏致します。
シベリウスのヴァイオリン協奏曲は2008年に演奏し、水月さんとの鬼火が舞いそうな緊張感溢れるコンビネーションがなかなか衝撃的で、その後再演を願う声をたくさん頂いたものです。
グラズノフの方はご存知、私が再会を願うロシアの恩師に、10歳の時に楽譜をプレゼントされていた作品の一つで、ロシアを代表する作曲家の抒情と躍動感が溢れ、エンディングに向けては心が晴れ渡るような爽快な協奏曲です。今回が初演になります。
この年齢になると、あと何回協奏曲を演奏出来るのか、ましてや新しいプログラムとして開拓出来るか分からない。ふとよぎった弱気と、だったらなおさら今のうちにやっておこう。という意欲のブレンドから取り組み始めたものです。
今は意欲が圧倒的優勢を占め、楽しい音作りに意気揚々と取り組んでいます。いつかロシアにいる恩師と再会し、三年前、電話で約束した彼の指揮での共演を果たしたいと、夢も膨らんでまいります。
協奏曲二つというと「技巧」という面がクローズアップされるかもしれませんが、そんなことではなく、皆さんには、過剰なほどの陽のエネルギーをお届けできる演奏会にしたいと思っています。ぜひぜひ、楽しみにご来場ください!


橋口瑞恵
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はじまりの音 3

グラズノフとシベリウス、二つの協奏曲

~炎を秘めた、氷の大地~

Vl.橋口瑞恵 Pf.水月恵美子

2015年 4月4日(土)
開場 18:00
開演 18:30

プログラム

・クライスラー作曲
テンポ・デ・メヌエット
ルイ13世の歌、パヴァーヌ
オーカッサンとニコレット
プロヴァンスの朝
シチリアーノとリゴードン

・グラズノフ作曲
ヴァイオリン協奏曲 イ短調 Op.82

・シベリウス作曲
ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 Op.47


前売券 3.500円
当日券 4.000円

Information
は、4月の情報を削除し、
6/21日は 親子はねやすめ オール・ピアソラ チャリティライブ Vl.橋口瑞恵 Pf.萩生哲郎 14:00~、17:30~ 2回公演

昨日のコンサート、皆さんどうもお疲れさまでした!
お疲れさまでした。というのは、昨日は義理の父の退職祝いとして、父と母に音楽のプレゼントをしたのですが、会場にお越しの皆さんにも演奏に参加して頂いて、より楽しい贈り物にする事が出来たからです。
「ちゃんと出来るまでコンサートは終わりません。帰れません!」という私の脅しにも動じず、呆気ないほどスムーズに、楽曲への参加を一糸乱れぬ手拍子と力強い足踏みで達成して下さったお客さま達には、正直大変驚かされました。さすが音楽通の方々!お陰さまで、愉快で素敵な贈り物が出来ました。皆さま、本当にありがとうございました‼︎

終演後、私が前日に作っておいた料理を、熱発したコアラ君を除き、家族でつつくことになりました。作っておいたのは病気のコアラ君のためのスープと、大人のためにはギァラをトマトで煮込んだランプレドット。ランプレドットを、「ご飯にかけてもうまそう。モツだなぁ〜。」と言いながら上機嫌でお代わりしてくれる父。幸せな一家団欒でした。「美味しいわねぇ。いいお味出てるわぁ。」と母。「瑞恵ちゃん、これどうやって作ったの?」と聞かれ、はたと考えて動きが止まる私。
父には嫌いな食材が幾つかあり、料理に使わないように父の嗜好を知る者は皆が気を遣っています。しかしこのランプレドットの中には父が嫌いなはずのセロリを丸一本刻んで入れてあることを思い出したのです。ゲゲッ!しかし、あまりにも父は普通に食べているので、自分の覚え間違いだったかも。と思い「あれ??お父さんって、セロリ食べられないんでしたっけ?」と聞いてみると「そう。セロリは絶対に無理だな。」という答え。私は思わず笑いながら「あの、これセロリ入ってます。」と白状。「え!」と全員が椅子の上で後ずさり。「え〜?いや、全く臭い感じないぞ?」と父。「ていうか、普通に食べすぎです(笑)!これ、セロリ丸一本入ってるんですよ。」と調子に乗ってつっこむ私。
父は「ありゃ〜!蕁麻疹出るかも」と弱りながらも優しく笑ってくれました。楽しい演奏会の余韻に浸りながら、お酒を飲み、嫌いなセロリまでもペロリと食べてしまった夜でした。
とはいえ今朝、さすがに蕁麻疹を心配して父に電話をしてみましたが、それは大丈夫でした。笑い話で済み、ホッとしたハッシーであります。

さて今日はロングコースでのホールのご利用も入っており、朝早くから一人でセッセとホールの掃除をしました。さすがに自分のコンサートと連チャンではグッタリです。病気のコアラ君と一緒に、いつもより一層早く眠りにつくことにします。



2月に入ってから、ミエザホールにも管理人のハッシーにも、地域密着型のお仕事の依頼が入っています。1件目は驚いたことに旅行会社さんからのお問合せとご依頼。来月に府中の森芸術劇場で行われる、高校生の吹奏楽コンクールのリハーサルのためにご利用希望です。旅行会社さんから、うちにお電話が…ねぇ!その意外性に驚きつつ、なんだか面白く、嬉しかったです。
一方私には府中市の幼稚園で、演奏のご依頼です。以前に発表会でミエザホールをご利用下さったご父兄の方からなのですが、コアラ君が幼稚園生なので、同じ年頃のお子さんたちの前で演奏することには、とても興味があります。
また新たな展開で、楽しみですね〜!

冬もそろそろ終わりに近づいているようなので、コアラ君のリクエストに従って、今夜はチーズ・フォンデュにすることにしました。
フォンデュで意外に大切なのが、チーズに浸すパン。我家のフォンデュの歴史は長く、色々なお店の自慢のバゲットやバタールやクレセントまでも試しましたが、昨年の12月からアンテンドゥのバトンの味わいと食感が、フォンデュでは一番のお気に入りになっています。
材料はニンニクのみじん切り、バター、白ワイン、ナツメグ少々、チーズはこれまでエメンタール1に対して長期熟成のグリュイエール2というのが長年の定番でした。ワインは銘柄にこだわらないばかりか、初回のフォンデュの時に買っておいたものを数回に分けて使っても、全然OK。料理酒的な扱いですね。フランベする時の炎がたまりません!
今日は、いつものお店に肝心のグリュイエールがなかったので、かなり迷った後、思い切ってラクレットを試すことにしました。
そのラクレットでの初フォンデュ、なんとこれが今までで一番美味しく、口の中からお腹までのもたれ感が全くありませんでした。いやぁ、大発見。しかも、途中でチーズをお代わりする際、水分が足りなかったので、これまた初めて牛乳を少し加えてみると、その後のコアラ君の食いつきが凄かった!大人も子供も大満足なクリーミーで深い味わいのチーズ・フォンデュが楽しめました。
べつに、卓上コンロやフォンデュ用のキャンドルを使って普通に食卓で食べれば良いのですが、以前、私の気まぐれで台所のコンロをトロ火にして家族皆で台所に椅子を持込み、非常食を囲むようなかっこうで食べたのが相当楽しかったらしく、コアラ君が強く希望することもあって、我家のフォンデュ・ナイトは毎回台所のコンロ前で行われます。
気取らず、キャンプめかして食べるフォンデュは、鍋よりも鍋らしいという感じで、多少のいざこざも一つのチーズ鍋をつついていれば、全て水に流せます。ワインも入っているからでしょうかね(笑)!
フォンデュ・ナイトは寒い夜がオススメです。皆さんも今のうちに是非、ご家族でチーズ鍋をパンでつついてみてはいかが?ぜひ、ラクレットでもお試しください。

自分の体重の半分よりはるかに重い、

10kgのお米を君は運んでくれる。

水泳と大好きな走りで鍛えたプリプリの、

お尻をふりふり、

鼻炎で詰まりがちな、まん丸な鼻の穴を目一杯膨らまし、

「お母ちゃんのために」とお米を運んでくれる。

まずはエレベーターまで。そして玄関から台所までの段差2つ。

「ふんがー!」と気合いを入れながら。

「カッコイイ男だね。ありがとう!」

と、母ちゃん思わず、上ずった声で感動。

こんな時、「手伝おうか」なんて言おうものなら

このファイター、その場で屈辱の涙にくれるに違いない。

 

どうにもならなくて、時々喧嘩をする私たち。

それでも我が子はいつでも、

「僕とお母ちゃんには、同じ命が半分ずつ入ってる。

だからこんなに仲良しなんだよ。」

と惜しみなく愛情を与えてくれる。

「僕がお母ちゃんを育ててるんだよ」

というのも口ぐせ。

まったく、まったく。その通りであります。

生活においても、精神においても、

体力においても、音楽においても、

君との生活で壁にぶち当たる度、

君は体を張って私を励まし、

解決の糸口を見出す手助けをしてくれた。

彼にとって、愛情とは体を張ること。

私にとって、愛情とは全てを受け止め、変化すること。

愛に大人も、子供もない。

子供が精神で大人を包み込む場面は、

実はものすごくたくさんある。

 

お米を運び切って得意げだった4歳は、

「背中にいっぱいドットが来たよ」と、呟き

ベッドの中であっという間に眠りに落ちました。

今日も幸せくれて、ありがとう。

 

 

 

厳しい寒さが続きますが、皆さまいかがお過ごしですか?
早いもので、今年の最初の月が足早に過ぎて行きました。ご心配をおかけしましたが、おかげさまで、アキレス腱を再断裂していた一家の主は昨月末から実に4ヶ月近くぶりで、ようやく職場に復帰することが出来ました。
傷の治療としてはとても長い道のりでしたが、家族にとっては、忙しい中で置き忘れて来た大切なことを皆で拾い集め、再出発するための貴重な時間となりました。

さて、振り返ってみると昨年は、図らずも、演奏会の度に新しい何かにチャレンジしていたような気がいたしますが、今年はその経験を元に、自分自身を掘り下げて行く年にしたいと思っています。
補助輪が外れた息子の自転車に伴奏して、どんなに足腰が痛くても毎日激走したり、いよいよ音楽が生活の一部となって来た息子の指導に熱が入り過ぎて、ひどく後悔したり、思いもよらなかった「親」としての新たな自分の顔に驚いたり呆れたりしながら、自分の「人」としての在り方に、今までに無いほど沢山の軌道修正を要したのが、今年の1月でした。
今月21日の演目にはモーツァルトのソナタ二つを選びましたが、あの純度の高い天才の、人間としての本質に迫ろうとする時、彼の父が子供達の教育のために作った作品集を通して、父がモーツァルトに惜しみなく与えたであろう愛情に触れたことが、今は親である自分にとって、解釈の上で大きな鍵となりました。
音楽は私たちの人生を通して、また生きるシーンによって、異なる解釈や歌いかたで表現が出来ます。それは実はとても恵み深く、あたたかいものだと、あらためて感じる今日この頃です。
音楽は自由で、たとえ同じ人間が何度繰り返しても、固定されることはありません。そして、変化をし続ける生き方や日常を、優しく応援してくれる存在なのではないでしょうか。
2015年の皮切りとなるモーツァルトとエキサイティングな小品達のライブ、楽しみに聴きにいらして頂ければ幸いです。モーツァルトのことをずっと考えていたら、何故かコンサートのタイトルはダジャレになってしまいました(笑)。
ご来場を心からお待ち申し上げます!
橋口瑞恵
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「モーツァルトのほかにも、モーットアル!コンサート」
~クリスピー&エキサイティングな作品たち~

Vl.橋口瑞恵 Pf.水月恵美子
2015年 2月21日(土)
開場 18:00 開演 18:30

前売 3.500円
当日 4.000円

ご予約はミエザホール042-366-6316までどうぞ!
☆プログラム☆

モーツァルト ヴァイオリン・ソナタK481、K379

サン・サーンス ハバネラ Op.83

サラサーテ サパテアード Op.23, No.2、序奏とタランテラ Op.43

チャイコフスキー 「懐かしい土地の想い出」Op.42 より、スケルツォ

ファリャ 「三角帽子」よりスペイン舞曲

クライスラー プレリュードとアレグロ

Information
4/4(土) オープニング記念コンサート
6/21(日) 親子羽やすめチャリティ・コンサート

 

こんにちは!橋口です。早いもので、今年も間もなく最後の月に突入しますね。皆さま、お元気でお過ごしでしょうか?
私は相変わらず音楽に、子育てに、妙にハイテンションな日々を過ごしています。そんな今年の締めくくりとして、今回はドビュッシーのヴァイオリンソナタ、ラヴェルのツィガーヌ、そしてバルトークのヴァイオリンソナタの1番を演奏します。
バルトークは今年私が最も深く関わってきた作曲家ですが、今回はその関わりで得たものを一気に放出しようという意気込みであります。
練習を通して、3人の作曲家はこれらの作品の中でヴァイオリンという楽器をそれぞれ、まったく異なるコンセプトでとらえているように感じます。
心の陰影を描き切ろうとするかのように、豊かな色彩とニュアンスを表現し、自在な筆のように音色を操る楽器としてとらえているドビュッシー。流浪の民がいつでもどこでも、自らの心と情熱を憑依させた楽器としてとらえているラヴェル。森の生命力、夜の神秘や虫の羽音、本能に逆らわない人間の力強さ等を、時には打楽器のようにも表現できる楽器としてとらえているバルトーク。
3人の天才のヴァイオリンに対するとらえ方の違いが、ピアノとのアンサンブルで更に奥深く豊かで、超感覚的な世界観へと発展していくのですが、それはもう、言葉でここでご説明するよりも、現場に音楽を聴きにいらしてください‼︎
そして今回は水月さんの、バルトークのミクロコスモスからのソロの演奏も、お聴きいただけます。
私としては、これらの個性際立つ3人の作品が三つ巴で演奏されることによって、全く違う世界観でありながら、互いの魅力が倍増し、刺激的なプログラムに仕上がりつつあることが、とても面白いです。今回は新たに開発した運弓法で、全ての演奏に臨みます。常々見守ってくださっている皆さまに、橋口「変体」の現場にお立会いいただければ幸いです(笑)!
お時間ありましたら是非、今年最後のライブに足をお運びください。
それでは皆さま、ごきげんよう‼︎

橋口瑞恵

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橋口瑞恵 水月恵美子ライブ
「音で紡ぐ、色彩と質感」〜感じる世界を、音とする〜

12月14日(日)
開場 14:30
開演 15:00

プログラム

ドビュッシー ヴァイオリン・ソナタ
ラヴェル ツィガーヌ
バルトーク ヴァイオリン・ソナタ 1番

前売券 3500円 当日券 4000円

ご予約は、ミエザホール(042・366・6316)までご連絡ください!

おかげさまで今月は中旬から月末まで、週末は全てホールのご利用予約をいただいております。昨日は木管五重奏のブールミッシュさんの演奏会でした。開演してから、20日に4歳になったコアラ君とホワイエに音を聴かせて頂きに行きました。ミエザホールにとっても私達親子にとっても、木管五重奏は初体験。のびやかであたたかな木管の響がとても素敵で、「ホールの中入って、どうやってこんな音を鳴らしてるか見たい!」と暴れそうになるコアラ君をなだめるのが大変でした(笑)。

ところで受難というのは、我が家では、10月4日にアキレス腱を断裂し、6日に手術を受けていた夫が回復を目前にして手術個所を再断裂し、再手術をするという事件が今月の19日に起こってしまいました。松葉杖に逆戻りした夫はボソッと「昨日まで両足付いてたんだけどな。」とつぶやいていました。これぞまさに「振り出しに戻る」。

家族にとっては試練の時ですね。このまま年をまたぐ予定です。

 

先日の弦楽器フェアで、SAVAREZ社の代表のマヨさんに、新たなCANTIGA弦のコメントを持参しました。CANTIGAは去年日本で発売を開始した弦です。今回私はこの弦を再評価、再発見する機会に恵まれて、その良さと個性をを正しく評価できるようになりました。
巷のあらゆる弦は、色々な音色やニュアンスを売りにしながらも、「弦」の域を出ないものですが、CANTIGAは弦でありながら、「楽器」としての特質を備えています。「弦そのものが楽器である」と表現しても、使ってみた方は納得するような、楽器演奏上の根本的な諸問題を解決する引き出しをたくさん持っている弦です。
この弦がいつか普及すれば、高価な楽器を買わなければ良い音が出せないかのような、音楽の世界であってはならないと私が常々考えている経済的な「格差」が解消されるのではないか、と期待できるような革命的な弦です。
SAVAREZ社のヴァイオリン弦全てに共通することですが、CANTIGAも張ってから安定するまでに、1時間もあれば十分。そして、良い音色のピークは2か月ほど持続するという利便性と強靭さを兼ね備えています。CANTIGAの持つ銘記の反応とニュアンス、薫り高い音色、発音の確かさ、ダイナミックレンジの広さをして、大きな資金が無ければ夢の半分もかなわないような幻想がまかり通る現状が打破される日が来ると、信じたいと思います。
以下に、私の稚拙な英語で、文法的な間違いもいろいろありましょうが、弦を評価したものを引用いたします。マヨさんが、「壁に貼って毎日眺めたい。会社のホームページやパンフに利用させてほしい。」と、小躍りしながら大喜びしてくれたものです。

 

Cantiga, Strings for singing

 

Loudness:
Much powerful and big.  Sounds clear immediately.
Sound will birth near surface of violin, so player doesn’t feel gap of imaged  sound and played sound.

 

Sound Quality:
Bright, brilliant and strong.  A voice “full of life.”(生命力溢れる、生きた音)

 

Core of sound:
Make definitely.
I used Cantiga to educate new modern violin.  At first, as  is usual with baby violin, it  didn’t have core of sounds, matured harmony  and  direction, but once tried Cantiga, violin begun to sound under control and showed it’s excellent individuality.  I could use the violin in recital just 2 month after started to train.

 

Agility:
Very delicate vibrato, bow action would appears as performer pleases.  It means easy to operate and easy to express players’ “Spiritual song.”  Also, starts of sounds are very fast and clear as if all the pitch, are ready before they selected to be sound.

 

Technique:
I tried Cantiga on old 1740 Italian violin, and 2012 modern Japanese violin.
On these violins, Cantiga sound much clear and freely when reduced pressure on bow.  I think it will helps to lead performers’ style of bowing, ideal.

 

Cantiga is, a string itself has a nuances of great master (Maestro).

Cantiga is, a string itself has a sound of exquisite instrument.

Cantiga has power to change the instruments’ sound and character.

Cantiga is string.  But it has “depth,” can seek and pursuit as if it is an instrument.

Cantiga is very unusual string.  Now I love it and want to seek its potential more.

 

 

2014  10.31  Mizue Hashiguchi

 

昨夜、父とそんな内容について長々とディスカッションしました。
父が話していたことは、その中でも特に、親と子が「伝えあう」というテーマについてでした。そんなテーマに対して、ふと私が「音楽での伝え、コミュニケーション」を例に出すと、父が真っ向から反論しました。
「親と子の関係というものは、他の何ものに置き替えがたい、根源的で例外的、かつ特別なものだ。芸術とか音楽家と聴衆とのコミュニケーションというものが、ここで例に出てくること自体が間違っている。」
しばらくのあいだ考えた私は、「まったくその通りだね。」と答えました。
自分と子供の関係を考え、自分と両親の関係を考えた時、自分の話が間違っていることは明白だったからです。
父にとって、食卓を囲みながら我が子と話すこと、彼の情熱や生きる面白さを家族と分かち合うこと、子供の情熱やフィロソフィーに耳を傾け、驚き、刺激を受け、喜ぶことは、彼が生涯をかけ、そして今も情熱を注ぎ続けているリーシュマニア症という病の研究やフィールドワークと同じくらい大切なことだと、子供である私が一番よく分かっているだけに、父の言葉は重かったです。
まず相手を認め、尊重すること。その上で、自分の前向きなアイデンティティを伝え、共に会話を転がして、一緒に考えること。私が子供の頃から父に、日常的にしてもらっていたことです。そこにはひとかけらの、つくりものの感情も、親という立場からの押しつけも、気取りやとりつくろいもありませんでした。もちろん当然、個性の違いからくるぶつかり合いは、家族間でしょっちゅうありましたが。
真摯に伝える人は、「大切な人間関係そのもの」に、情熱を持っている。親子という関係に愛情だけでなく、子供の精神の輝きを見出し、その輝きを尊敬しながら磨く手伝いをしたいという、熱い情熱を持っている。伝えるということは、言葉やいたわり(ましてや偽りの)ではなく、態度であり、生き方であり、情熱と尊重をもって相手に接すること。この父の基本姿勢は70を過ぎても変わることはありません。
今はエクアドルに住む父。別れが名残惜しく、昨夜はひどく深酒をし、「なごりおしいから~」と珍しく歌を私に歌って聞かせました。父は破格に音痴で、心を揺さぶる歌を歌います。高まる気持ちを自由に、少しの飾りなくそのまま、言葉や声に乗せられるのでしょう。それしかできない父の、素朴で、天下無敵の歌声でした。
そして今日、何ごとも無かったかのように、山のような仕事が待つエクアドルに向けて、まずは成田へと旅立って行きました。
家族に向けられる、どこまでも広く温かい心。その無限の温かさが矢のように刺さって、分厚い氷を突き破るような、衝撃的な一夜の経験。その情熱は偉大としか言いようがありません。私は、あの魂と情熱を、次の世代へと伝えなくてはなりません。