皆さまこんにちは。
ようやく夏の燃えるような暑さの記憶が遠のこうとする今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?
「読書の秋」と申しますが、私はここ数年下火になっていた読書熱が再燃し、練習や子育て、家事や仕事の隙間が出来ると、図書館から借りて来た本を読み漁っております。おかげでブログの更新がすっかりおろそかになっていて、申し訳ありませんでした。
先日は子供の初運動会で、我が子をおんぶして激走する親子競技に参加しました。昔から時々、演奏会の後に「橋口さんはアスリートですね~。」と言っていただくのですが、おんぶ競争で走った日の夜、自分は断じてアスリートではない。と実感いたしました。
さて本題です。
今回のライブは私にとっては1年の中で「一番のお楽しみ」あるいは「お祭り」のような、萩生哲郎さんとのライブです。もう何年も前に萩生さんとはプログラムの半分をピアソラで固めたライブをしたことがありますが、その時は大変にご好評いただき、自分たちも異常に楽しかったので、いつか全演目がピアソラのライブを実現しようと、約束を交わしていたのでした。
今回は15曲ほど演奏しますが、そのうちなんと、10曲のピアノパートは萩生さん自身の渾身の編曲とアレンジ。リハーサルでは更に二人でアイデアを出し合って独自の世界を練り上げています。
二人ともピアソラの、クールで哀愁が漂っていながら、芯では炭のように燃えている情熱と反骨の世界に魅了されています。また、リハーサルではラテンアメリカ独特のリズムの絡み合いや、密な音のコミュニケーションが楽しすぎて、時間があっという間に過ぎて行きます。私は、自分の南米のスピリットを心置きなく発揮できることが、これほど自由で心地よいこととは知らず、リハーサルの度に目から鱗の境地です。
さらに加えて、今回は私の愛弟子である高橋ゆたか君(15歳)が、カホンという打楽器でゲスト出演します。15歳にして知的かつ、野性味と躍動感あふれるリズムを叩き出します。彼とは3歳からのお付き合いですから、私との絶妙な一体感は見ものです。高橋ゆたか君が加わることによって、音楽の生命力がまた倍増している感じです。
今回は三人が三人とも、自分でも知らなかった自分の新境地を互いに引き出し合っており、未来を切り開いているようなワクワク、ドキドキした空気に、現場が満ち溢れています。そんな三人の、息の合ったやりとりを是非、ご期待ください。
一度で終わってしまうのは、本当にもったいないようなプログラムで、どこかで私たちバンドを呼んでくれそうなイベントがあれば教えて頂きたいくらいなのですが(本当にお願いします!)、残念ながら今のところは予定はありません。なのでこの貴重な一回に是非、足をお運びくださいますよう、心からお待ち申し上げます。
それでは皆さま、季節の変わり目に体調を崩されませんよう、どうぞお元気でお過ごしください!
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オール・ピアソラ LIVE!!
”Nuevo Mundo”(新世界)~未来の扉を、この手で開く。
Vl. 橋口瑞恵
Pf. 萩生哲郎
Cajon 高橋ゆたか(Guest)
プログラム
・Zum
・De Carisimo
・Extasis
・Oblibion(忘却)
・Fracanapa
・Iracundo
・Milonga del Angel
・La Calle 92
・Nuevo Mundo
・Romantico Idilio
・Adios Nonino
~他
開場 15:30 開演 16:00
チケット 前売 3500円 当日 4000円 学生 2000円
チケット予約 mieza@mieza.jp  042‐366‐6316
information 12/14 (日)15時開演 「人を見つめ、音楽とする」橋口瑞恵・水月恵美子

子供の感性というのは本当に面白いもので、今朝、ピアノで「ほたる来い」を弾いていたコアラ君、「あっちの水は苦いぞ」の所では苦い音、「こっちの水は甘いぞ」の所では甘い音を出そうと、お腹の底から指先に、最大限の集中力で音を伝え、本当に苦い音と甘い音を弾き分けておりました。こういう感覚にはやはり、音楽を生業とするものは感動させられます。人間にとって音楽とは何か、人間にはなぜ音楽が必要なのかを、ライブで見せてもらえるのですから。
そんなコアラ君。先日、お風呂上がりに一緒に着替えをしていますと、私に上着を渡してくれました。「お!コアラ君、ありがとう。」と言うと、「いいよ。だって僕ね、お母ちゃんのこと、だいじにだいじに、そだててるんだ!」と澄まし顔でパンツをはいておりました。思いがけない言葉に母ちゃんは爆笑!「いやぁ、ホントにその通りだよ。あなた正しい。お母ちゃん、育ててもらってるよ。」と言うと、当たり前じゃん!という顔でうなづいていました。一体どこから、子供たちの考えは降ってくるのでしょう。
ところで昨日は「時の終わり」のためのリハーサルでした。途中で昼食をとったとは言え、10時半から6時過ぎまでみっちりでした。
疲労のあまり、10歳老け込んだ感じです(笑)。今日は抜け殻状態で、お弁当持ちで午前中からコアラ君を府中の森の水遊び広場に連れて行って帰宅後、珍しくゆっくり過ごしています。

を、公演ラインナップの方で画像公開致しました。ぜひご覧ください!

皆さま、蒸し暑く不安定な空模様が続く厳しい夏ですが、いかがお過ごしですか?私は今週末からの息子の夏休みスタートに向け、この夏、彼としたいことリストを頭の中で作りながら、いつものように子育てと練習に励んでおります。
おかげさまでホールの方は、このところ少しづつ、口コミの効果を感じられるようになって来たところで、子供に手がかからなくなって行くこととホールの成長が、うまく連動して行きそうな様子です。
さて今回のコンサートのご案内ですが、昨年結成したMIZトリオ(水月Pf、横溝Vc、瑞恵Vl、3人のMIZ)とクラリネットの後閑由二さんをお迎えしての、私として初めての四重奏です。ミエザホールにご来場くださった方には簡単にご想像がつくこととは思いますが、この音響の中での四重奏は、オーケストラを凌ぐほどの迫力に、ソロを凌ぐメッセージ性を実現出来るものです。4人それぞれの豊かな音色、繊細な表現、そしてダイナミックな一体感を、ぜひともお楽しみ下さい。
8月と言えば、私は広島・長崎の原爆投下と終戦、そしてお盆が常に連動して思い出されるのですが、今回のメシアン作曲「時の終わりのための四重奏曲」は第二次世界大戦中にフランス人のオリビエ・メシアンがドイツの捕虜収容所内で作曲し、捕虜となっていた音楽家4人が収容所内で初演した作品です。戦争という人類最大の悲劇と愚行の只中で、籠の鳥となった音楽家たちが、それでも人間としての精神と活力を失うまいと、死力を尽くして戦ったであろう美と斬新さ、絶望をかなぐり捨てるような激しさ、感情を超越した優しさに、当時の収容所の捕虜たちは衝撃を受け、心が満ち、演奏する音楽家達の姿が、ボロをまとった4人の勇敢な解放者のように見えたのではないかと想像します。
他方、バルトークのコントラスツは、バルトークがアメリカに移住する1年半ほど前の、もっとも穏やかで充実した日々を過ごせたブダペストで、不穏な戦争の足音を肌で感じ取りながら作曲されたものです。作曲を依頼したベニー・グッドマンはスウィング・ジャズの代表的存在ですが、他ジャンルとの結合という以上の、バルトーク独特の世界観が広がっています。
こうしてあらためて時代背景を書きますと、その時代の痛みに目が行ってしまいそうですが、音楽の抽象性をもって、それだけではない希望や喜び、恍惚の表現さえも溢れており、人間の精神活動の底力と複雑さに舌を巻かずにはいられない作品たちです。演奏される機会も決して多くは無い作品ですので、ぜひこの機会に間近で聴いて、音を肌で感じて頂きたいです。大勢の皆さまのご来場を、心からお待ちしております!

ミエザホール 橋口瑞恵

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「時の終わりへ」
~歴史、時の連鎖から解き放たれんとする、音楽家たちの挑戦。
MIZトリオ with 後閑由二
Cl.後閑由二
Vl.橋口瑞恵
Vc.横溝宏幸
Pf.水月恵美子
開場 14:30
開演 15:00
前売券 ¥4,000円
当日券 ¥4,500円

★プログラム★

ベーラ・バルトーク作曲「コントラスツ」
1、ヴェルブンコシュ(徴兵の踊り)
2、ピヘネー(休息)
3、シェベシュ(速い踊り)

オリビエ・メシアン作曲「時の終わりのための四重奏曲」
1、水晶の典礼
2、時の終わりを告げる天使のためのヴォカリーズ
3、鳥たちの深淵
4、間奏曲
5、イエスの永遠性への賛歌
6、7つのトランペットのための狂乱の踊り
7、時の終わりを告げる天使のための虹の混乱
8、イエスの不滅性への賛歌

チケットのお申込み ミエザホール 043-366-6316(橋口)

昨日、旧名イーハ・デ・アライのデビューコンサートを無事に終えました。
無事、、、とはいうものの、赤ちゃんの楽器を昨日のように鳴らすところまでは本当に大変で、4月にイーハ・デ・アライで練習を始めてから、もともと自分が使っていた楽器とのミリ単位、あるいはそれにも満たない小さなあちこちの寸法の違いから、奏法へのフィードバックが苦難の道のりとなり、肩は壊すは、首は壊すは、歯はかけるはで、えらく大変な日々を過ごしておりました。時間の許す限り、ギリギリまでとにかく楽器を手にして少しでも折り合いを良くしようと、崖っぷちの心境で、暇さえあれば楽器と対峙する日々でした。
そんなに大変ならやめてしまえば良いではないか。と思われるかもしれませんが、音楽家が、そこに何か良くなる可能性を見出せば、身体を壊そうが何しようが、後戻り出来るものでもありません。もはや、ライトに集まる蛾のように、自分で止められるものでもないのです。
さて、このイーハ・デ・アライ、練習していく中で、すっかり「娘」(イーハ・デ・アライは荒井の娘)という雰囲気でもなくなり、早急に改名の必要がありました。昨日はコンサートの前に皆さんに紙をお渡しして、何か名前を思いついたら書いてください。とお願いしていたのですが、皆さん本当に面白い名前を色々と考えて下さいました。ジャンヌダルク、碧い狼、ギャラクシー、リオン、イーハ・デ・バルバラ、ブランカ、青い馬(シャガール!?)、などなど。皆さん、素敵な名前を真剣に考えて下さって、本当にありがとうございました。
中でも私の心に引っかかって離れなかったのが「春の稲妻をイタリア語で」というもの。さっそくネットで稲妻や雷をイタリア語で調べましたが、どうも言葉の響として毎日、自分が口にするには「他人」な響でした。やはり、「ポチ」「花子」ではないけれど、たとえ大きな存在と感じていても、名前には呼んで恥ずかしくならない、音にしてみた時に心が変にざわつかない身近さが欲しいところです。そこで思いついたのが和名の「春雷」。ただ音にして「シュンライ」でも呼びやすいし、ジャパニーズ・ブランドの楽器を胸を張って使っていくぞ。という決意でもあります。どうだ、これが日本のモダン・ヴァイオリンだ。またいつかイタリアや南米で演奏した機会に、楽器のことを聞かれたとき(彼らは必ずといって良いほど楽器のことを聞いてきますので)、「シュンライ。日本の荒井節夫の作品です。」と胸を張って答えたいと思います。
演奏後に荒井さんと久我さん、二人のヴァイオリン職人さんとシュンライについて熱く語りました。私がもともと使っているレッド・ウルフ(1740年 イタリア ジェノバ産)はかなりネックが細く、シュンライのネックを太く感じて自分で削った話や、ファースト・ポジションでの弦と指板の距離を深く感じていることなどを話し、松本にお住いの荒井さんに次回会う11月の弦楽器フェアで弦の深さの方は修正して頂くことでいったん話がまとまりました。お二人はこの短期間でのシュンライの音の変化について、「ここまで成長させるのは、橋口さんにしか出来ない」と強くうなづき、また、今後の音の変化を細々と予知、保証してくれました。その話は、私もすでに手ごたえとして感じている話だったので、今までにないくらい三人は共感し、ワイワイと意気投合して別れました。演奏家と職人がお互いに大好きな楽器の話で盛り上がるって、楽しい(笑)!

そして今朝のことです。
コアラ君を幼稚園に送りに行く準備をバタバタとしていると、荒井さんから電話がありました。「色々考えたんですがね、やっぱり」今日、ミエザホールから30分ほどの娘さんのご自宅から松本に帰る途中に寄って、シュンライを持ち帰って必要な調整をした方がいいと思うんです。とのこと。もちろん二つ返事でお願いしました。幼稚園にコアラ君を送って戻ってくると、荒井さんはもう到着していらっしゃいました。ウルフのネックを測ってもらって、なるべくその仕様にシュンライのネックを近づけてもらうことになりました。荒井さんの名誉のために説明したいのですが、これらは決して不具合ではなく、私の個人的な奏法や指運びに仕様に合わせる、完全にオーダーメイドな微調整だということを明記しておきます。また、荒井さんのご厚意とより良い音探求の熱意によって、今より1ミリくらい低い駒と、去年、素晴らしく良い材質の魂柱が手に入ったので、それを新しく付け替えてくださることにもなりました。この上なくありがたいことです。そしてなんと、これらの全てを「プレゼントの延長でやりますよ。」と言って下さったので、私の方はいつか、荒井さんのホームグラウンドの松本で、お礼のコンサートをさせてください。と微々たるお返しではありますが、お願い致しました。
シュンライは一週間ほどで生まれ変わって手元に戻ってきます。戻って一週間くらいはまた少しお互いに様子を見合うことになりますが、その変化を花開かせることが、今からもう、とても楽しみです。

出会いのその先に、関わった人が必ず新たな希望を見出せる。情熱と情熱の結びつきとは、そういうものなのかもしれません。何かにのめり込むって、素晴らしいことではありませんか?

東京もとうとう梅雨入りしました。雨の中、合羽を着て幼稚園とスイミングの送り迎えに走り回る日々の始まりです。元自転車部としては、こんなことで弱音を吐くわけにはいきませんが、この雨が恵みの雨となり、今年は各地で災害をもたらさないことを願っています。
さて、ずいぶん間近になってしまいましたが、今回は無伴奏で、荒井節夫さんの製作したヴァイオリンのデビュー コンサートのご案内です。
4月の演奏会の翌日から、荒井さんの楽器(イーハデアライ)での練習に取り組んで来ました。荒井さんにはミエザホールのオープンに際し、2012年製のヴァイオリンを一挺贈って頂いていて、いつかそのデビュー・コンサートを開くことをお約束していたのでした。よもやこんなに早くその日が来ようとは、その時は予想もしていませんでしたが、、、
急ピッチでイーハデアライとの関係を深め、自ら調整し、これで行けると確信したのが10日ほど前。更に今回の演目に、私と音楽との間に楽器が介在しなくなったと思えるまでに今までかかり、ご案内が遅くなった次第です。
今回の演目は、バッハのシャコンヌとフーガ。若くして亡くなったバッハの最初の妻で従姉妹のバルバラへの想いを凝縮したシャコンヌ。彼女の死を乗り越え、前向きに生きることを模索しているバッハ自身を表しているようなソナタ3番のフーガ。そしてこの二つの作品を独自の解釈と展開で全く別な、斬新極まる世界への入口としたバルトークのシャコンヌとフーガを含む、バルトーク無伴奏ソナタの全曲。
バルトークの無伴奏ソナタは2月にも演奏しましたが、反響が大きく、もう一度聴きたいという声が多かったことに加え、演奏し終わってもバルトークへの興味は増すばかりで、更に彼への理解を深めたいという思いが消えなかったことが、再演の理由です。
この3年半というもの、24時間共に過ごしていた息子が幼稚園に通い始めたと同時に、イーハデアライとの新しい関係が始まり、数年ぶりに自分の中に蒼く尖った、未熟者の情熱がふつふつと燃えあがっていることが、嬉しくてたまりません。
今を打ち崩すことは、クリエイティビティにつながると信じ、あとは突き進むのみであります。
では、29日にご来場くださる方は、ご連絡ください!

皆さま、ショウナンラグーンと父の応援、ありがとうございました!とても残念でした。父がいつも言っているように、競馬は最後まで分からない。本当にその通りなのでしょう。でも、皆さまの応援は本当に嬉しかったです。

さて、猛暑が続きますが、ミエザホールの屋上では今日、今年初めての収穫がありました。こちらに引っ越して来て、もう畑はやらないと思っていた私ですが、結局蓋を開けてみれば食べれるものをワサワサ植えてしまい、ニンニク、ジャガイモ、イチジク、ブラックベリー、プルーン、(勝手にはえて来た)ミントとクレソン、ブルーベリー、サツマイモ、キュウリ等が育っています。今日の収穫はジャガイモのメークイン。採れたてをふかし、バターを塗って食べました。コアラ君はどちらかというとジャガイモはちょっと苦手。でも自分の手で土から掘り出して、そのベージュのつやつやの肌から土を落とし、丁寧に洗ったジャガイモは格別に美味しかったらしく、「うまい、うまい。もっと食べたい!」と喜んでおりました。ホホホ、、、それこそ母ちゃんの思うツボなのだよ、コアラ君!
明日あたり、モスグリーンのイボイボ・キュウリが初めて収穫できる予定です。やっぱり、自分の手で野菜を育てて収穫するのって本当に楽しいです。美味しいし!

おおっ!ミエザホールもついに競馬の話題か?
と思われる方もいらっしゃるでしょう。確かに、この話題は初めてです。
6月1日に東京競馬場で行われるダービーに、義理の父が調教するショウナンラグーンが出走します。父は来年春で調教師を定年しますので、これが最後のダービーです。
私が競馬について書いたり話題にすることはなく、父を尊敬し、私たちにとってはひたすら優しいお人柄を心から敬愛しているのですが、いざ今になって、ダービーとはこんなに凄いレースで、父にとってショウナンラグーンがどれだけ思い入れのある馬で、という本当はロマンに満ち溢れた内容を、ここにうまく書くすべを持ちません。
うまく説明もできなくて本当に申し訳ないのですが、そのロマンに興味を持ってくださった方には、「ショウナンラグーン」や「大久保洋吉」などをインターネットで検索していただいて詳細を知っていただくとして、私はひたすら、父の競馬人生の、まるで集大成のような今度のレースで、勝利の女神が父たちに微笑んでくれて、ご本人は公にはちょっと強面を通しているようですが(笑)、本当はラグーンのようにどこまでも優しい父の、喜びで顔がくしゃくしゃになるところを見たい。見たい!と、レースが近付くにつれふと気がつけば、そんなことばかりを念じています。
馬券を買う必要はありません。もし、競馬場に足を運ぶことがあれば、あるいはのレースの時間にテレビの前かラジオの前に居たら、「ショウナンラグーン!行け!行け!させ~~!!!」と、声を限りに応援してください。

頑張れ!ショウナンラグーン!!
頑張れ!洋吉パパ!!

皆さん、追い風ください。

近頃はピアノにハマっているコアラ君。毎朝6時半から30分は家のアップライトの前に座って、しげしげとピアノを弾いています。まだ3歳ですし、音符が読めるわけでもないので、ピアノの音を隅から隅まで順番に弾いたり、和音を楽しんだりしているだけなのですが、けっこう楽しそうに30分くらい遊んでいます。最初は人差し指の一本弾きでしたが、ごく最近、右手と左手の指をそれぞれ5本ずつ、使えるようになってきました。
ところが昨夜、このところ見向きもしなくなっていた小さなヴァイオリンをいきなり取り出して、おもむろに弾き始めました(もしものために、母ちゃんは一応、弓の毛替えと弦の張替えを済ませていて、いつでも弾ける状態にはしてあります)。
構えも良し。胸を張ってなかなかカッコいい。駒と弓は自然に並行で、黒い指板(しばん)の方に遊びに行くことも無し。この弓と駒の並行を保つことは実際になかなか難しく、初心者を悩ませる難関の一つなので、「おお!やるじゃないか!」とビックリする母ちゃん。そんな母ちゃんを尻目に、ロングトーンを悠々と弾くコアラ君。そしてイキナリです!パチンパチンパチンッ!と、驚愕の音が。目を丸くしてしばらく絶句した私でしたが、口がきけるようになると叫びました。
「ちょっと!まだそんな難しいことしなくていいから。」
コアラ君はなんと、右手の弓でロングトーンを弾きながら、左手の指は弦をはじき、泣く子も黙るヴァイオリンのウルトラD難度の技、弓と左手のピチカートの両方弾きを楽々、やっているのです。ヴァイオリンの弾き方すらちゃんと教えたことがないというのに。。。母ちゃん唖然。コアラ君は涼しい顔で答えます。
「だって、母ちゃんもやってるじゃん!」
「え?そ、そうだけどさぁ、それは凄い難しい技で、パガニーニっていう凄い人がね、、、」と、シドロモドロで答えますが、コアラ君は母ちゃんを無視して悠々と右手は弓でヴァイオリンを弾き、左手はパチパチとピチカートを続け、その後更にパガニーニが考え出したという、弓の投球奏法や太鼓奏法も次々に飛び出します。ヴァイオリンをまだ習ってもいない息子が、ジプシーヴァイオリンの名手のように超絶技巧を連発しまくるのを見て、笑いとも動揺とも分からない表情をし、喜びとも困惑とも判別できない気持ちの中で、それらを難しい技だと思い込んでいる貧しい固定観念の自分が、もの凄~く哀れに思えた瞬間でした(笑)。でも、実際、難しいんですけどね。本当に。

はぁ、、、

さて、気を取り直しまして、公演ラインナップを更新いたしました。日時が確定していなかったものが確定し(12月をのぞく)、新たな公演予約が入ったものもupしましたので、どうぞご覧ください。

 

コアラ君が幼稚園に通い始めて1か月近くが経ちました。最近気が付いたのは、それに伴って自分の心境というか「体質」が変わったこと。子育て中のイノシシの母ちゃんや熊の母ちゃんが、恐ろしく警戒心が強くて気が荒いように、私もそうだったのだ。と気が付く側に渡った感じです(笑)。なんというか、起きている間は神経を120%張りつめて、子供の安全や子供の遊びや学びに全力で付き合うべし。彼の喜びも悲しみも、全て自分が責任を負う。という体質が自分から去りつつあることを感じています。
その心境の変化は体が変わるようにも感じ、例えば女王蜂が普通のハタラキ蜂になったらこんな感じだろうな。という風に思いました。小さな意味での親離れ、子離れを何度も繰り返して子供はここまで成長してきたわけですが、毎日学校(幼稚園といえども)に通い、親ではない先生や友達から学習や生活面での成長だけでなく、社会のルールや道徳、仲良くする楽しさを覚えて、どんどん変化していく彼を見るのは、今までの親離れ、子離れとはケタの違うスケールの大きさを感じます。
全てを囲みこむような、抱え込むような意味での役割を自分は終え、今度は彼が切り開いていく世界を見守りながらサポートする立場へと、移行していくのだな。と、感じています。野性の母卒業(笑)。母ちゃんは私の生涯を通して母ちゃんなのですが、人間の心境に戻れて、少し心が楽になりました。