を迎えました。肩は痛いし背中はガチガチ、指の太さはいつもの1.5倍ほどになっています。先日の大雪で、雪かきを2時間しても、身体はこんな風にはなりませんでした。イザイとバルトークのなせる業です。
けれども、こんな風にすがすがしい朝も久しぶりです。演奏しながら、練習では見えてこなかったものを沢山見ることが出来ました。自分自身の色々な課題はさて置き(置くな!)、バルトークとイザイがどう正反対なのか、はっきり見えてきました。二人とも晩年の作品だったのですが、イザイが自分の美意識や技術の集大成、次世代へのバトンとして作品を残したのに対し、バルトークはそれまでの自分をとりこみつつも蝶のようにそれらを脱ぎ去り、変態した自分を表したのでした。その純粋さ、激しいまでの前向きさで、普遍的なものを追い求め、最後に到達した姿が、私を含め、多くの聴き手を貫くように励ますのだと気付かされました。バルトークにとって、時代の「声」を模索する中での究極の自己表現は、究極の「無私」。自分のそれまでのスタイルを惜しげもなく捨て、新たな自分を作り直した上に成り立ったのでした。そのような挑戦が病と闘いながら死の直前になされたことを思うと、人間という存在の素晴らしさに胸を打たれずにはいられません。
一方、イザイに対しては、自分として多少解釈にあやまりがあったように感じます。「集大成」ということを、多少「過去」に属するニュアンスでとらえていたことで、自分と作品とのコミュニケーションが気付かないうちに少し消極的なものになっていたらしいことが悔やまれます。研究の余地が大有りです。彼の作品は不思議なことに、その微妙な色彩的感覚やトーンにもかかわらず、印象派の絵のように演奏することも、炎が噴き出すように激しく演奏することも可能なのです。耳にする演奏では「炎」に属するものが多いのですが、今回の練習期間中、バルトークとの対比ということも含めて、自分としては「色彩」と「ノスタルジア」に重点をおいて表現することを目標としてきたのですが、結果として昨日は「炎」の演奏になってしまったことが反省点です。もっと、彼の和声の個性である中間色の部分を、お客さんたちに聴かせたかったです。そう出来るように、積み重ねと勉強が必要だと感じました。ヴュータンやドビュッシー、ショーソンなどに取り組んで、「色彩」部分の研究をよくし、自分のものにすることも、今後の突破口になるかもしれないと思いました。
それにしても、演奏した後で「まだまだだ」と思わせてもらえることは、こんなに幸せなことだったかとあらためて感じます。自分の殻を破って「安全圏内」から出ることの、人生としての大切さを両作品からしっかり教えて頂きました。
さて、肝心なお客さまの感想はというと「バルトークが民族という表現から飛び出して、普遍的なものを追い求めて掴んだことがすごく伝わって来て、嬉しかったです。良いエネルギーを沢山頂きました。ありがとう。(ピアニストさん)」「仕事でこのところとても難しい状況で生きて来たんですけど、なんだか元気になりました。」「ハッシー、途中で死んじゃうんじゃないかって心配になっちゃった。良かった無事で。本当に凄かった。」「(石川県から)来た甲斐がありました!ありがとうございました。」などのコメントをいただきました。バルトークの最終楽章が終わった瞬間に、まとめて息をしているお客さまもいて、ちょうどその時に目が合って笑ってしまいました。
私はまだまだ未熟です。でも、音楽とは間違いなく素晴らしい。イタリアのガリーニおじさんに昔、「ミズエ、君は音楽にファナティック過ぎる。人生にはもっと色々な側面がある。そういう所にも目を向けて、もっと普通の人生も体験しなさい。」と叱られるほど、音楽に狂信的だった私は、やっぱり今も変わらない。変われないのだな。と、一人ニコニコ笑っております。作品に宿る精神を通して、未知の人生を知るというのもまた、一つの生き方ではないでしょうか。そして作品を音にすることで、聴きに来て下さる方たちと、瞬間でもその感覚を共有する。少なくとも私は、それが何よりも楽しいのです。

 

すっかりご無沙汰してしまいました。以前にご案内した2月22日イザイとバルトークの準備に没頭して、余剰意識と余剰時間の大半を奪われていたことが一番の原因です。
初めての青色申告に向けての準備も色々と頑張りました。おかげさまでこちらも、自分の作業は終えて、税理士さんにファイルをお預けし、あとは提出を待つのみとなりました。そうそう。市に対しては、固定資産税の償却資産の申告というのもありました。オカネのことは、長年キリギリスを営んできた身にとっては、とっても苦手な分野でありました。同時にコアラ君の幼稚園の入園準備も佳境に入ったりしていました。エレベーターの管理会社さんを選んで商談をしたり、大雪が降って雪かきしまくって筋肉痛になったり(これは皆さんもそうでしょう。二度もやって来たアレです)何だかもう、訳が分からないうちに、用事を片づけたと思うと次のが舞い込む。の繰り返しで、その中で念仏のようにイザイとバルトークだけは心と体に刻みながら生きているような状態が続きました。
がしかし!ようやく全てひと段落(水曜に雪が降りそうですが、、、)。演奏と家族の日常生活以外に何も考える必要が無いスッキリした状態に、もの凄く久しぶりに戻れました。気が付けば、イザイとバルトークの個性を、言葉ではなく、音楽だけでもなく、自分の体の持つ動物的なリズム感で表現するような演奏状態になっていました。今の自分として、これは正解だと思える演奏です。いろんなことを考えました。この個性正反対な二つの現代音楽をどう皆さんに説明しようか、どう身近に感じてもらおうか、言葉や文化、時代背景を書物の中に探した時期もありました。しかし今はただ、演奏で説得したい。と、シンプルに考えております。試行錯誤を繰り返した挙句、自分史上でもっとも、本能的な演奏にたどり着いてしまったという感じです。あとは、ベストを尽くすのみ。ぜひ、橋口と愛器レッドウルフの慟哭、遠吠えを聴きにいらしてください!

さて今日は、ようやく!
今年の皮切りとなるコンサートのご案内です。 演目はイザイの無伴奏ソナタ1番と4番、そしてバルトークの無伴奏ソナタです。 イザイとバルトークのソナタは、同じヴァイオリンのための無伴奏ソナタ、そしてどちらもバッハを強く意識して作られたものとはいえ、表現したい世界観がまったく異なります。 しかしどちらの音楽家も、彼らの考える「時代の美意識」を通して、世界大戦を経験した激動の世界の声となり、憂いとなり、変わりゆく世界で力強く生きる人間の生きざまを、音楽で表現しようとしているように感じます。 と、言葉で言うのは簡単ですが、そのような音楽を創ることは、人生を絞りつくすような作業であったに違いなく、両者とも60歳を過ぎての晩年の(バルトークにおいては最晩年)作品で、柔和でさり気ないフレーズにも気を抜かせない、凄まじい緊張感が漂っています。 なかなか何度も出来るプログラムではありません。その時代を牽引し続けたパイオニアたちの渾身の作品、凄まじいばかりの「アラウンド60パワー」を是非、体験しにいらしてください! 皆さまにミエザホールでお会い出来るのを、楽しみにしております!
「イザイとバルトーク、美しき憂いと熱き思い」
~二つの大戦を経て、変わる人々の価値観~
◇プログラム◇
イザイ
無伴奏ソナタ 1番 Op.27-1
無伴奏ソナタ 4番 Op.27-4
バルトーク ヴァイオリンのための無伴奏ソナタ
◇公演日時◇
2014年 2月22日 (土)
開場 18:30 開演 19:00
会場 ミエザホール
前売り 3500円 当日 4000円
ご予約 ミエザホール 042-366-6316

府中市のファミリーサポート事業の提供会員になるための講義、第一回目を受講してきました。仕事や病気、あとはリフレッシュのためなど、親御さんがお子さんと一緒に居られない時間帯の何かしらを、「時々」お手伝いする有償ボランティアです。
動機としては、まず子供が大好きだということ。そして他の誰かのお役にたてるならたちたいということ。また、一人っ子街道まっしぐらのコアラ君に他のお子さんとの家庭内での時間を持たせて、人間関係を勉強させたいということがあります。
今日受講されていた皆さんは、子育てをもう終えられたという方々が大半のように見受けられましたが、私と同じようにちびっ子の子育て真っ最中のお母さんもチラホラいらっしゃいました。講義はこれからまだ3日間あり、全て受講し終えなければこのボランティアの会員になることはできません。
今日は講義や活動内容の一部を色々と聞きながら、自分に本当に出来るのかどうかまだよく分からない状態です。しかし一度会員になれば、ずっと会員でいられるようなので、何年かしてもっと余裕が出来てから活動開始という選択肢もあるのかな。と思っており、最後まで受講するつもりです。
音楽以外のことには、貝のように閉じこもりがちな私としては、とても珍しいトライです。

お正月に田舎に帰ることが出来なかったので、一昨日から一泊だけ、帰省してきました。ご馳走をいただいて、お酒も飲んで楽しく過ごし、少し興奮状態のまま私もコアラ君も床につきました。
眠り始めて3時間ほどで、パッチリ朝のように目が覚めてしまった私。はじめは朝だと勘違いしたほどですが、時計を見るとまだまだ夜中。寝なくてはなりません。温かい布団の中で丸くなってじっと目を閉じてみますが、なかなか眠気はやってきません。そんな時に、隣で安心しきって眠っているホカホカのコアラ君をそっと撫でてみたりくっついてみたり(笑)、ただ横でその満足そうな寝息を聞いているだけで、笑い出したいくらいに幸せな気持ちになってきました。
そんな幸せな気持ちのままで2時間ほど過ごし、気が付くとまた眠ってしまっていたのですが、不眠の時間に幸せと感じたことは生まれて初めてでした。親でいるって、なかなか良いものですね!
ところで昨日には早々に、私の運転で家に戻って来たのですが、高速道路で道を間違えて多少大回りをして、ちょっと大変でした(汗)。無事に帰って来たので良いのですが、馴れない運転はきびしかったです。

2.22

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今年最初のコンサートの日取りを決定いたしました。2月22日(土)、おそらく通常通り19:00開演です。演目はイザイの無伴奏ソナタの1番と4番、そしてバルトークの無伴奏ソナタです。一週間ほど前にようやく目処がたちました。まだこのコンサートのコンセプトを表す言葉が練習の度に色々と変化するので、チラシ作製にはまだ少しかかりそうです。写真やプロフィールなど一切使わない代わり、毎回チラシには一言、その会のコンセプトを載せているのですが、これが私にとってけっこう重要なのです。。。音楽については、これから1か月ほどは仕上げ期間。音楽を飲みこみ、譜面から引き剥がし、完全に自分の魂として身体から、立体的に音を放出するための準備期間です。特にバルトークの複雑な立体感が生み出す生す、ハングリーな躍動感が素晴らしいので、なんとかそれを感じているままに音にしたい!
ところで、年明け早々フランスのSAVAREZ社から連絡が入りました。SAVAREZのfacebookで私とミエザホールのことを紹介し、写真を掲載して下さっているということです。興味をお持ちいただけましたら、Ste Savarez とネットで検索し、閲覧してみてくださいね。フランス語ですが(笑)!写真のうち集合写真は弦楽雑誌サラサーテの社長さんが映してくださったものです。

ブログを読んでくださっている皆様、

あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます!
皆さまにとって2014年が良い年になりますように。

元旦は、朝の練習前にリビングの障子を開くと偶然、初日の出を見ることが出来ました。そして、そのまま屋上に上ってみると、これまた素晴らしい富士山を拝むことも出来ました。元旦にこの二つを一度に見たのは初めて。なんとなく、とっても幸先よく感じましたよ!

昨日からレッスンも再開して、生徒さんに「今年の抱負って何かあるんですか?」と興味からたずねています。私自身の今年の抱負は…

1)むやみに腹を立てない(大事ですよねぇ。)
2)家族の結束力を作る(恥ずかしながら、まだ3人のバランスをうまくとれていません。)
3)音楽というエンタテインメントの崇高さを忘れない。
4)寝る前にストレッチをしてギックリ腰を防ぐ(筋トレにはせっせと励む方ですが、ストレッチを全然していないことに気付きました。メンタルもそんな傾向があるので、これはイカン!と。やっぱり人生、リラックスも大事ですなぁ。)
5)朝9時までに身だしなみを整える(5時半から起きて練習しているにもかかわらず、終了後そのまま家事やコアラ君の世話に移行して、10時過ぎまで「さっき起きた人」みたいな様子でウロウロしているため、宅急便の方や郵便局の方が来ると毎回恥ずかしい思いをしています。それをなんとかしたい。)

年明けからちっちゃい目標が多くてすみません(笑)。
お正月らしいことは、家で作った品数の少ないおせちを食べた程度ですが、一昨日は初詣に、昨日はコアラ君の通うスポーツクラブのお餅つきに行ってきました。お餅つきの帰りには八百屋さんで熊本の巨大な柑橘、「晩白柚(ばんぺいゆ)」を発見。くまもんのキャラ袋に入っていて店先でやたらと目立ち、そのゴロンとした大きさがあんまりにも可愛らしくて、思わず衝動買い。直径20㎝ほどもあります。もちろんコアラ君の頭より二回りくらい大きいです。しばらく食べずに飾っておきます。

 

昨日はピアノ教室の発表会でのご利用がありました。初めて「来るだけパック」のご利用があり、椅子を60脚こちらで具合よく並べました。ご利用になるお客さまの中には、椅子を並べるスタッフまでは用意出来ない方もいるかもしれないと考案したサービスです。実際私はよく、自分のコンサート会場で椅子並べをし、その後腕がプルプルして後悔しました。自分が考えた小さなサービスを、こうして便利に思ってくださって利用して頂けると、なんだか嬉しいです。
お客さまはお帰りの際、「生徒たちは素晴らしいピアノで演奏させてもらったって大喜びでした。私たちには本当に良かったです。これからもぜひ、よろしくお願い致します。」そして、その方の先生や、先生のお弟子さんのリサイタルをこちらで開くよう、強くすすめておきます。とも言ってくださいました。発表会の撮影と録音にいらしていたプロのカメラマンさんは、「本当に素晴らしいホールですね。」とわざわざお声掛けくださいました。
嬉しいです。何しろミエザホールは存在を宣伝をしていないものですから、とにかく一期一会。私としては、お客さまとの一回が真剣勝負です。リピーターの口コミ獲得のためには、満足して頂くのが絶対の使命!
さて、前日に調律師の須藤さんに音の取り方で一つリクエストをし(結果これはリクエストして、とても良かったと思います)、もう一つ、少し突飛な実験を提案して両方にお付き合い頂きました。実験に関しては須藤さんははじめ、少し半信半疑で「でも、やってみましょう。」という感じだったのですが、やってみるとその音の劇的な変化に仰天して、実験部位の写真を撮ったり、「これでまた一つ、ものすごく世界が広がりました。いやぁ、本当に勉強になりました!」と、すっかり大喜び。ピアノの音は反響板を伝ってとか打点から飛ぶのではなく、全長274㎝の箱全体が震えて鳴っているような感覚に変化。なのにコアの存在は圧倒的。二人でひとしきりピアノを弾き合って、音を聴き合って、その新しい音色について熱く語り合い、大いに盛り上がりました。ピアノの響きが変われば、ホールの音響もまた全然変わって聞こえます。どちらの音色も、より立体感と重厚感、表現力が増し、ふくよかながらもしっかりとした音の方向性と、肉厚な音の輪郭を得た感じです。嬉しいです。やはり、何ごとも「これでいい。」ではなく、「まだ何かできる。」を探求することは、大事な姿勢ですね。
ところでfacebookでご心配頂いている「わいふ」の腰ですが(笑)、かれこれ一か月もの間痛みで姿勢をまっすぐ伸ばせない状態です。治りかけたかと思えばくしゃみで悪化したり(この時期くしゃみはつきもの)、子供をトイレに座らせようとして「プチッ」となったり。改善と悪化を繰り返し、夜中に痛みで目覚めています。おそらくもうしばらく曲がったまま生きていくものと思います。心も曲がらないように、気をつけたいと思います。いやホントに。

ということは、本当に難しいことで、この間それを反省して少し自由になったかと思えばまた、今日もまた新たな思い込みをしていた。というのが人間なのかもしれません。
ちょっとしたきっかけから人と話をして、その人のことを上辺で判断していた自分の考えの浅さや思い込みの強さを、あらためて反省する機会がありました。思い込みから自由であれば、もっと早くその人の本当の姿に近いものに気付けたのだろうと思うと、残念であると共に、自分の小ささを思わず笑ってしまいました。思い込みというのは、それが間違いと気付くまで、思い込んでいることにすら気付かないというところがやっかいであります(笑)。そして思い込みって気付いてみると、なんだかとっても、みみっちい(笑)!
ところで、週末にミエザホールを使って頂ける機会があります。14日には調律が入ります。音色について、調律師さんにリクエストしてみたいと思っていることがあります。その結果、ピアノの音がどう変化するか、楽しみにしています。

ご無沙汰しております。今年初のギックリ腰になっていました。しかも治りかけの頃、「お母さんもやって!」とコアラ君に誘われて滑り台に登り、滑ろうとした瞬間に転んで尻餅をつき、腰を強打。ここ数日はその痛みが癒えるのを待っています。
また、ここ一年というもの、五線も音符もぼやけて大変楽譜が読みづらく、「老眼だなぁ」と思っていたのですが、さすがに現代音楽のまっ黒な譜面ではあまりの見にくさに耐えかねて、眼鏡屋さんに行ってみました。「近くも遠くもしっかり見えています。でも近くも遠くもぼやけているはずです。乱視ですね。」と眼鏡屋さん。確かに。道路標識が読めなかったりしたことを思い出しました。危ないですねぇ、、そこでさっそくメガネを作ってもらい、昨日からそれをかけて練習をしています。楽譜を見て、シなのかレなのか分からないという初歩的な苦しみもなくなり、かなり快適になりました。人生初メガネにギックリ。あまり楽しい状態ではありません(笑)!
しかし、生活はいつも通り。公園では新しく仲良くなれそうなお友達&ママ友が、こちらに引っ越して来てからやっと一人できました。来週うちに遊びに来てもらうことになりました。また、時々行っている多摩川近くの郷土の森公園の近くに、ザリガニが沢山生息している、きれいな小川も発見しました。まだまだ外遊びが苦にならない気温なので、ザリガニ釣りを楽しみに、度々訪れたいと思っています。
引き続き現代音楽と読書は頑張っているのですが、まだ演奏会をいつに設定するか決められるところまでたどり着いておりません。頑張ります!