コアラ君が幼稚園に通い始めて1か月近くが経ちました。最近気が付いたのは、それに伴って自分の心境というか「体質」が変わったこと。子育て中のイノシシの母ちゃんや熊の母ちゃんが、恐ろしく警戒心が強くて気が荒いように、私もそうだったのだ。と気が付く側に渡った感じです(笑)。なんというか、起きている間は神経を120%張りつめて、子供の安全や子供の遊びや学びに全力で付き合うべし。彼の喜びも悲しみも、全て自分が責任を負う。という体質が自分から去りつつあることを感じています。
その心境の変化は体が変わるようにも感じ、例えば女王蜂が普通のハタラキ蜂になったらこんな感じだろうな。という風に思いました。小さな意味での親離れ、子離れを何度も繰り返して子供はここまで成長してきたわけですが、毎日学校(幼稚園といえども)に通い、親ではない先生や友達から学習や生活面での成長だけでなく、社会のルールや道徳、仲良くする楽しさを覚えて、どんどん変化していく彼を見るのは、今までの親離れ、子離れとはケタの違うスケールの大きさを感じます。
全てを囲みこむような、抱え込むような意味での役割を自分は終え、今度は彼が切り開いていく世界を見守りながらサポートする立場へと、移行していくのだな。と、感じています。野性の母卒業(笑)。母ちゃんは私の生涯を通して母ちゃんなのですが、人間の心境に戻れて、少し心が楽になりました。

鉄道大好きなコアラ君、今日はこどもの日も近いということで、幼稚園で柏餅をお土産にもらって帰って来たのですが、嬉しそうに
「カシオペアもちもらったよ!」(あの寝台特急です)
と何度も言っていました。初耳の言葉が、知っている音に直結してしまったのでしょう。
テツの血が炸裂です(笑)。
「本当に鉄道好きだよね。いっそのこと、コアラをやめて、コテツにしようか?」
と聞くと、ニヤニヤしながら
「いいよ。」
と。「え?いいの?」と聞くと、
「いやだよ。」と言いなおしました。「いいよ。」は、「遠慮しとくよ。」という意味だったようです(笑)。
なんか、オトナでコドモで、面白いです。

 

屋上の花壇やプランターがこの暖かさでずいぶん賑やかになってきました。
毎朝、コアラ君と庭のチェックや水やりをするのがほとんど日課になっています。
ジャガイモが土から力強く芽吹いた朝、小さな葉に顔を近づけて、コアラ君が歌い始めました。
「ハッピーバースデイ トゥ ユー、ハッピーバースデイ トゥ ユー、ハッピーバースデイ ディア ジャガイモさ~ん! ハッピーバースデイ トゥ ユー! 生まれておめでとう!」
その本当に優しく慈しむようにジャガイモに歌って聞かせている姿に、母ちゃんは胸が温まりました。誰に教わるでもなく、自分の感性で、今日出た芽の誕生を喜ぶ様子に、とても驚かされながら、なんと可愛らしい。と、思わずにいられませんでした。
それ以来、ブルーベリーの可愛らしい花が咲けば、「ハッピーバースデイ ディア ブルーベリー」今朝はギガンジウムの蕾が半分ほど開いたので、「ハッピーバースデイ ディア ムラサキのお花~」

いつか表には現れなくなる、コアラ君流の世界の感じ方。彼のこんな感性を、生涯ずっと覚えていられる母ちゃんでいたい。

僕もぜひ、いつか使ってみたいホールです。

こんな風に言って頂いて、家に戻って家族に報告するときに、嬉しくて跳ね回ったことがあります。言って頂いたピアニストはあまりにも著名な方なので、ここでお名前を出すことは出来ないのですが。
3月のリサイタルに客席にいらしていたその音楽家は演奏会が終わった後の飲み会で、何度となく私に話しかけて下さり、料理の話や世間話で気持ちをほぐしてくださった後、それとなく演奏や音楽の話、自分の昔話や今の課題や悩みなどに話題を振り、最後にズバリと、本題に入りました。
「あのピアノは何年製なんですか?」
「1990年製です。」
と答えると、彼はとても驚かれました。
「それは驚きました。あの熟成された音色から、僕はもっとずっとずっと前の年代のものだと思っていました。どうやって手に入れられたんですか?」
相手の方に敬意を表して、それまでホールの営業的なことを口にすることを避けていた私でしたが、こんな風に尋ねて頂くと、購入の全てを世話してくれたイタリアのガリーニおじさんの話や、スタインウェイのハンブルグの工場での内部とアクションのフル・リニューアルの話、大雪の日にイタリアからわざわざ来日してくれたガリーニおじさんと二人で、搬入を見届けた話などを熱く語らずにはいられませんでした。
彼はそれをニコニコと、時々静かな笑い声を漏らしながら聞いて下さり、次にホールについてのコメントが始まりました。
「最初僕は、この広さでフルコンで、どうなるのかな。と思ったんです。でもね、演奏会が始まって、全てが温まってくると、会場と、ピアノと、いい具合に響き合ってね、、、狭い空間で聴いているとは思えない不思議な響きなんです。そしてね、演奏者が乗ってくると、もう響きの違和感なんて何も無く、なんというかね、全ての音が、ピシィッとピントが合って届けられている。いやね、これはなかなか無いことなんです。」
世界中のホールで演奏をされている彼からこんな風に言って頂くともう、
「いやぁ!嬉しいです!!」
と膝を叩くしかありません。この響きを作るのに、設計室や施工会社さんと「ホールは楽器」というコンセプトのもと、どんなに協力して頑張ったか。自分でミニチュアを作って、音空間の風変りな実験をし、壁や床に入れる素材を決めた話。最後は床板の木材を変更して音空間を広げた話などを、どんどんしてしまいました。さらに名前の由来やギリシャ時代から影響を受けているオタクな話も少々。そんな話を興味深そうに聞いて下さった彼は頷きながら、
「僕はね、常々音楽は哲学だって言ってるんですよ。うんうん、自分でホールの音を作り上げた愛もね、、う~ん。とにかくね、非常に興味深いホールなんです。聴衆とのコミュニケーションもとてもいいし、演奏家の技量を上げるホールだと思います。本当に、興味深いホールです。僕もね、いつかここでやってみたいです。」
管理人ハッシーは、文字通り有頂天になりました。いつ実現するかはともかく、沢山の会場とピアノを経験されている、この世界で活躍されているピアニストのホールとピアノへの評価は、自分と、ここを一緒に作った皆にとって大きな自信と励ましになります。
コアラ君との夕食のために、一足早く飲み会から失礼する私に、最後にもう一度彼は念をおしてくれました。
「いつか、ぜひ僕もやってみたいです。」
そのいつかを、心待ちにしながら、それまでの一つ一つのホールを利用されるお客さまと、自分の演奏会を大切に経験して行きたいと思います。ミエザホール誕生以来、一番の褒美を頂いた日でした。

長らくご無沙汰して、申し訳ありません。両親がエクアドルから一時帰国したあたりから今日まで、パソコンの前に座る時間がどうしてもとれない多忙な日々を過ごしておりました。

まずは、公演ラインナップを一気に更新しましたので、覗いてみてくださいね!

3月の後半からミエザホールとしても母ちゃんとしてもヴァイオリニストとしても、事件事件のオンパレードなのです(良い意味ですのでご安心を)。うまくご報告できるかどうか分かりませんが、追い追い書いていきたいと思います。

ミエザホールを含む、分倍河原駅前のこの建物と自宅は、N設計室の永田昌民さんの設計によるものです。
氏は住宅建築で一時代を築かれた巨匠の一人です。「和」の機能美を独特のモダンで一分の隙も無い美意識へといざない、それでいて素材や空間、色への愛着はとても温かい。そんな全てを、第三者の目で遠くから眺めているような、「主張しないことが主張。という強い意志」のような不思議な距離感と雰囲気の、絶妙な感覚に強く惹かれて設計をお願いしました。一人で訪ねて来られた初対面の永田さんに、自分のこんな印象をお伝えすると、なんだかとても嬉しそうに、頷いたり、はにかんだように微笑んだりなさっていました。
永田氏がお引き受け下さった時から、私としてミエザホールのコンセプトに、アートの競演というものがありました。まずはもちろん、音楽家たちの生きた音楽。そして永田氏の空間の美意識。さらに松本栄一郎氏の抽象画。音楽家たちが美しいものを美しい場所で生み出し、聴きに来られたお客さま達にはその渾然一体となったものを大いに楽しんでいただく。もちろん感性は人それぞれですから、視覚のアートは、目に入るも入らないも自由なのです。でもふと気がつけば美しいって、とても素晴らしいことだと思っています。
その永田昌民氏が昨年の12月14日に亡くなり、今年の1月末でN設計室を解散しました。というお便りが娘さんから届いたのは、2月のバルトークとイザイのコンサートの少し前でした。それからずいぶん、永田さんと彼が残した空間と美、そして病の進行にしたがって、初めてお会いした時から変化していった、彼の外(私たち)に見せるお人柄についても考えました。そういう訳で2月の演奏はずいぶん、永田さんの死に影響を受けずにはいられませんでした。
この頃、気が付いたことがあります。先ほど挙げたような外見的な建物の美しさはもちろんなのですが、何も言わず、永田さんが私にくれた、もっと大切で大きな贈り物があることに。
それは、お日さま。
早朝。冬はまだ日が昇る前から、東に大きく開いた窓の前で練習していると、だんだん空の色が美しく変化してゆきます。日に日に太陽の上る位置が横に移動してゆくのを目にして、古代の人たちが天文学を始めた理由、「時間」や「暦」を作り出したことの偉大さと面白さに思いを馳せながら練習したこともしばしば。
春になった今は、すでに少し明るくなっている空や雲の色が、太陽の絵筆によって、夢のように美しく変えられて行くさまを見ながら練習しています。ホールにある松本栄一郎氏の「風景」のような空や、たなびく雲を見ることもでき、一瞬としてとどまらず、消えゆく美しさをキャンバスにおさめようとした松本氏の感動を、自分も共有できたように思ったこともあります。
そして夕方の練習は西に大きくあいた窓のあるレッスン室で。もちろん素晴らしい夕焼けに照らされながら。
このお日さまは、これらの窓がこの位置に、この大きさで開いていなければ、決して得ることの出来なかった素晴らしい世界です。遠くを見て、日の出を見て、日の入りを見て、人間の原始からの、何か神聖な自然や天体との関わりを感じながら音楽を奏でていると、見ている世界は外から、次第に内なる世界へと移動していきます。最高の仕掛け。そして、とても優しい贈り物です。

永田さん、本当に、本当に、ありがとう。

次回4月6日のコンサート、「はじまりの、音楽2」のメールでのご案内文を全文掲載致します。ご興味をお持ち下さった方はぜひ、ミエザホールにご連絡ください!
ところで昨日、コアラ君の幼稚園の送り迎えに備えてアシスト自転車を購入しました(というか早目のホワイトデーとして買ってくれたという、旦那君太っ腹!)今日はその威力が楽しすぎてコアラ君を後ろに乗せ、1時間半ほど多摩川沿いから東京競馬場の周囲、府中駅周辺などの通ったことの無い道をぶんぶん走り回っていました。しかし風の冷たかったこと!!春よ、早くその本体を現しておくれ。

 

「コンサートのご案内」

皆さま、おはようございます。
陽射しは春めいた日々が続くようになりましたが、我家のクロッカスや水仙たちは芽吹きながらも、この寒さでなかなか勢い良く伸びるタイミングを見つけられず、様子をうかがっています。皆さまはお元気でお過ごしでしょうか?
新年度を迎えるにあたって、近頃は練習中にミュージシャンの先輩達から頂いた言葉が、毎日のように思い出されるようになりました。
今は亡きお二方、元ナターシャセブンの坂庭省吾さん、フォークの父と呼ばれた高田渡さん。何気なさを装った言葉でしたが、何年も私の心に響いていることを思うと、それらの言葉は思いやりを持って発せられただけでなく、私へのメッセージでありながら、彼らの音楽人生を凝縮したような言葉だったように思えて来ました。
その言葉が近頃、より一層心の中で響き始めたということは、私自身も「生き方」としての音楽を、模索し始めたのかもしれません。

前置きが長くなりましたが、4月の演目はまさに、作曲家たちの人生の中での、葛藤や叶わぬものへの憧れから、生きることの輝きを磨きぬき、真珠のようにつくられた作品たちです。
ミエザホールの一歳の誕生日を記念して、今回は、このホールで出会うことが出来たピアニストの伊藤理恵さんに共演して頂きます。一音一音が精神から零れ落ちることなく真摯に紡ぎ出され、強い意志と不安の狭間で揺れる心を描き切ろうとする、音楽への深い共感がとても魅力的な方です。
二人の出会いの音をぜひ、楽しみに聴きにいらしてください。お会い出来ることを心から願っております。
それでは皆さま、良い一日をお過ごしください!

橋口瑞恵

「はじまりの、音楽2」
~ミエザホール 1歳の誕生日コンサート~

2014年  4月6日 開場15:30  開演16:00

場所  ミエザホール http://www.mieza.jp

プログラム
・ベートーヴェン
「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第5番」
“スプリング・ソナタ”   Op.24

・シューベルト
「ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ 第2番 」 Op.137-2 D385

・ブラームス
「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第3番 」 Op.108

前売   3500円
当日   4000円

チケットのご予約 042-366-6316(ミエザホール)
mieza@mieza.jp

 

昨日のコアラ君のダンスレッスンでのこと。他に受講する子供がいないという理由でこのクラスはいつも、生徒はコアラ君ほぼ一人、先生は二人という豪華な組み合わせなのですが、その先生達とコアラ君の会話。
「コアラ君、今日も元気ですか?」
「はい!」
「ご飯いっぱい食べて来た?」
「うん!」
「そうか。美味しかった?」
「うん!」
「ご飯何だったの?」
「もやし!」
母はずっこけそうになります。先生もシドロモドロになりながら「も、もやし?、、、他には何食べたの?」
「白いごはん!」
母はもはや笑うしかありません。
「そうか!他には?」
「おもち!」
更に先生は当惑。
「お汁に入れて食べたの。」と、コアラ君は補足説明。しかしこれでますます、食卓の怪しさが増しました。
先生はチラッと私の方を見ながら、なんとかフォローします。「そうか、それ美味しそうだなぁ。先生も今度食べに行っていい?」
「いいよ。おいで!」とコアラ君「え!いいの?」と更にビックリする先生。子供の会話、恐るべしです。
ちなみに昨日のレッスン前の昼食は、よく叩いて粉をはたき、カリカリに焼いたポークソテー。付け合せが蒸しナス、トマト、もやし、そしてご飯。コアラ君はこれを完食したのですが、このチビっ子にかかると「お昼ご飯はもやしと白いごはん」となるわけです。更に「お汁に入れたおもち」とは、前の日にうどんのお汁を作りすぎたので、朝ご飯をたまたま、お雑煮もどきにしたことを言っています。
もちろん先生にはこんなことは伝わりませんが、これから先々、子供が自分でいろんな人とお話をするのを、いちいち訂正してまわるわけにはいかないので、そのままにしておくことにしました。
ところで早いもので、もう3月になりましたね。4月からコアラ君が幼稚園に通う、新しい生活が始まります。それにむけて、アートマンで蛍光ペンを何本か買ってきました。水色を音楽ホールのお客さまのご利用。緑色を生徒さんのレッスン。ピンクをコアラ君の習い事などの予定。オレンジ色を自分のリハーサルやホールのご見学。黄色をファミリーサポート事業でお子さんをお預かりする日。という風に手帳の中身を色分けすることにしました。予定の種類が色々なので、少しでも整理出来たらな。と思いました。少しは見渡しやすくはなりました。またまた生活に変化が訪れます。楽しみにしたいと思います!

を迎えました。肩は痛いし背中はガチガチ、指の太さはいつもの1.5倍ほどになっています。先日の大雪で、雪かきを2時間しても、身体はこんな風にはなりませんでした。イザイとバルトークのなせる業です。
けれども、こんな風にすがすがしい朝も久しぶりです。演奏しながら、練習では見えてこなかったものを沢山見ることが出来ました。自分自身の色々な課題はさて置き(置くな!)、バルトークとイザイがどう正反対なのか、はっきり見えてきました。二人とも晩年の作品だったのですが、イザイが自分の美意識や技術の集大成、次世代へのバトンとして作品を残したのに対し、バルトークはそれまでの自分をとりこみつつも蝶のようにそれらを脱ぎ去り、変態した自分を表したのでした。その純粋さ、激しいまでの前向きさで、普遍的なものを追い求め、最後に到達した姿が、私を含め、多くの聴き手を貫くように励ますのだと気付かされました。バルトークにとって、時代の「声」を模索する中での究極の自己表現は、究極の「無私」。自分のそれまでのスタイルを惜しげもなく捨て、新たな自分を作り直した上に成り立ったのでした。そのような挑戦が病と闘いながら死の直前になされたことを思うと、人間という存在の素晴らしさに胸を打たれずにはいられません。
一方、イザイに対しては、自分として多少解釈にあやまりがあったように感じます。「集大成」ということを、多少「過去」に属するニュアンスでとらえていたことで、自分と作品とのコミュニケーションが気付かないうちに少し消極的なものになっていたらしいことが悔やまれます。研究の余地が大有りです。彼の作品は不思議なことに、その微妙な色彩的感覚やトーンにもかかわらず、印象派の絵のように演奏することも、炎が噴き出すように激しく演奏することも可能なのです。耳にする演奏では「炎」に属するものが多いのですが、今回の練習期間中、バルトークとの対比ということも含めて、自分としては「色彩」と「ノスタルジア」に重点をおいて表現することを目標としてきたのですが、結果として昨日は「炎」の演奏になってしまったことが反省点です。もっと、彼の和声の個性である中間色の部分を、お客さんたちに聴かせたかったです。そう出来るように、積み重ねと勉強が必要だと感じました。ヴュータンやドビュッシー、ショーソンなどに取り組んで、「色彩」部分の研究をよくし、自分のものにすることも、今後の突破口になるかもしれないと思いました。
それにしても、演奏した後で「まだまだだ」と思わせてもらえることは、こんなに幸せなことだったかとあらためて感じます。自分の殻を破って「安全圏内」から出ることの、人生としての大切さを両作品からしっかり教えて頂きました。
さて、肝心なお客さまの感想はというと「バルトークが民族という表現から飛び出して、普遍的なものを追い求めて掴んだことがすごく伝わって来て、嬉しかったです。良いエネルギーを沢山頂きました。ありがとう。(ピアニストさん)」「仕事でこのところとても難しい状況で生きて来たんですけど、なんだか元気になりました。」「ハッシー、途中で死んじゃうんじゃないかって心配になっちゃった。良かった無事で。本当に凄かった。」「(石川県から)来た甲斐がありました!ありがとうございました。」などのコメントをいただきました。バルトークの最終楽章が終わった瞬間に、まとめて息をしているお客さまもいて、ちょうどその時に目が合って笑ってしまいました。
私はまだまだ未熟です。でも、音楽とは間違いなく素晴らしい。イタリアのガリーニおじさんに昔、「ミズエ、君は音楽にファナティック過ぎる。人生にはもっと色々な側面がある。そういう所にも目を向けて、もっと普通の人生も体験しなさい。」と叱られるほど、音楽に狂信的だった私は、やっぱり今も変わらない。変われないのだな。と、一人ニコニコ笑っております。作品に宿る精神を通して、未知の人生を知るというのもまた、一つの生き方ではないでしょうか。そして作品を音にすることで、聴きに来て下さる方たちと、瞬間でもその感覚を共有する。少なくとも私は、それが何よりも楽しいのです。

 

すっかりご無沙汰してしまいました。以前にご案内した2月22日イザイとバルトークの準備に没頭して、余剰意識と余剰時間の大半を奪われていたことが一番の原因です。
初めての青色申告に向けての準備も色々と頑張りました。おかげさまでこちらも、自分の作業は終えて、税理士さんにファイルをお預けし、あとは提出を待つのみとなりました。そうそう。市に対しては、固定資産税の償却資産の申告というのもありました。オカネのことは、長年キリギリスを営んできた身にとっては、とっても苦手な分野でありました。同時にコアラ君の幼稚園の入園準備も佳境に入ったりしていました。エレベーターの管理会社さんを選んで商談をしたり、大雪が降って雪かきしまくって筋肉痛になったり(これは皆さんもそうでしょう。二度もやって来たアレです)何だかもう、訳が分からないうちに、用事を片づけたと思うと次のが舞い込む。の繰り返しで、その中で念仏のようにイザイとバルトークだけは心と体に刻みながら生きているような状態が続きました。
がしかし!ようやく全てひと段落(水曜に雪が降りそうですが、、、)。演奏と家族の日常生活以外に何も考える必要が無いスッキリした状態に、もの凄く久しぶりに戻れました。気が付けば、イザイとバルトークの個性を、言葉ではなく、音楽だけでもなく、自分の体の持つ動物的なリズム感で表現するような演奏状態になっていました。今の自分として、これは正解だと思える演奏です。いろんなことを考えました。この個性正反対な二つの現代音楽をどう皆さんに説明しようか、どう身近に感じてもらおうか、言葉や文化、時代背景を書物の中に探した時期もありました。しかし今はただ、演奏で説得したい。と、シンプルに考えております。試行錯誤を繰り返した挙句、自分史上でもっとも、本能的な演奏にたどり着いてしまったという感じです。あとは、ベストを尽くすのみ。ぜひ、橋口と愛器レッドウルフの慟哭、遠吠えを聴きにいらしてください!